反逆の商人ニュースタート

 朝早く、地平の向こうにやっと陽光がやって来た頃には既にレンはニタリ・キリキ、それにイタバッサを馬車に乗せてモラン商会に辿り着いていた。

 「はーい、お待たせッス。ここがモラン商会、俺達の拠点ッス。」

 軽口を擬人化した様な若者は馬車から降りて今更威厳を取り繕おうとしてワザとらしい咳払いをした。

 で、(コホン)ワタクシがモラン商会副会長付き秘書兼店舗部門責任者のレンでッス。以後オミシリオキ下さい(ッス)。」

 今更だ、遅過ぎる。それよりも………

 イタバッサは話に聞いていた。流浪の行商人がとある街で起きた厄介事を見事解決したことを。

 そして、その御礼として行商人は街の郊外にある大きな、しかし使われていない畜舎を貰った事を。

 その商会の名前は『モラン商会』だった。


 話は少し反れるが、商会にはそれぞれ『紋章』というものがある。売り物や衣服に付けて目印にすると同時に商会の名を轟かせるシンボルマーク。そしてそれは、その商会の意志や主義を表していると言われている。

 例えば、サイクズル商会の紋章は二つの曲線を重ねた様な螺旋模様。商いは巡り巡るものだという考えを表している。

 鍛冶を専門にしている商会なら火を具象化した紋章。海運専門なら魚や海鳥、船や波を具象化した紋章が多い。速さを自慢にしている商会は隼だったし、変わったところで今は無い城を象ったものもあった。

 今回、螺旋模様が示すものが循環ではなく自信を中心にして他を回そうとする男の身勝手で邪悪な欲望だと知った。が、それでも結局紋章は商会を体現している。

 目の前に立つモラン商会。その商会の紋章は獰猛な虎と武器を具象化したものだと言われていた。

 実際に紋章が目の前にある。

 古いが、手入れが行き届いているお陰で数十年その地域に根ざした商会の様に錯覚する程調和した木造の商会。

 今まさに売り物を建物の外に出している男の運ぶ木箱の中身は地域はバラバラ、統一性は無いがしかし、良い品物ばかり。

 そんな光景を商会の建物の上から見下ろす獰猛な虎の紋章。

 虎の背景には具体的に何を示しているのか分からないが、槍か矢を象ったであろう斜線が引かれていた。


 『虎と武器をモチーフにした力強く、鋭く、獰猛な商会』誰もがそう考えていた。そう伝わっていた。


 違うのだ、それは違う。あれは虎の紋章ではないと実物を見て今分かった。

 あれは虎の紋章ではない、武器の紋章でもない、その両方でもない。

 あれは虎を仕留めた者の紋章だ。恐ろしく獰猛な虎さえも狩るという意思。あの紋章が示すは強者ではなく強者さえも屠る虎を殺した誰かを象徴しているのだ。

 この商会に潜んでいるのは虎ではない。虎を屠る怪物なのだ。

 「副会長ぉー!モラン商会副会長付き秘書兼店舗部門責任者の権限をフルに駆使して即戦力になりそうな新人三名を連れて来たッスよー!

 内一名はベテラン商人ッス。一寸ちょっと吹っ掛けられたッスけど、割と良い買い物になったんで、金下さい!」


 木箱を運ぶ男に近付くレン。相手の男はそれを聞いて、こちらを見て………倒れた。

 一世一代の大博打。勝負の行方は分からないが辿り着いたモラン商会。

 ここからバイスリー=イタバッサの疲労と困憊と困惑と驚愕と戦々恐々とガクブルとの商人生活は始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る