駆け出しニューマンは選べない。

 装着しているのは金属製の首輪。ところどころ凹み、錆びてはいても頑丈そうで壊すのは困難を極めそうだ。

 俺は盗賊達のアジトに辿り着いた途端に体を押さえ付けられて無理矢理首輪を付けられた。

 この首輪が恋人へのネックレスみたいなロマンに溢れたものじゃないのは見りゃ分かる。

 で、ご丁寧に馬車に乗っていた奴が解説をしてくれた。頼んでいないのに楽しそうに。

 「そりゃぁ奴隷商人も使ってる隷属の首輪だょぉ。

 見ての通りどんな力自慢だろうが外れやしねぇ。岩にぶつけて壊そうなんて思うなよ?首輪よりお前の頭の方が弱いんだからよぉ!

 ギャハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 凹みと錆の正体が分かってしまう……考えるのを止めて、考えていたことを強引に忘れた。

 「逃げたら首が切れる。逆らえば首が切れる。死にたくなきゃ従いなぁ!

 さぁ、駆け出し君よぉ、転職の時間だ。

 これでお前は立派な、新人盗賊奴隷だ……ギャハハハハハハ!」

 腹を抱えて下品に笑う盗賊。


 今分かった。

 首輪をされた奴等が丁稚をやっていて、目が死んでいて、装備がスクラップな盗賊

 そうでない奴等が下品で、威張って、装備はマシな盗賊

 二種類の盗賊がいた意味が分かった。

 俺は前者だ、盗賊の奴隷の盗賊。これから俺はそれになる。

 商わずに商った物を奪い、作り手を否定して、我が物と叫ぶ……のではなく貴方の物と差し出す。

 商人になりたかった奴が商人の全てを否定するクズヤローに成り下がった。


 「ギャハハハハハハ!泣いてやんの。

 腰抜けがよぉ、笑えるぜぇ。ギャハハハハハハ!」

 下品を睨み付けようとして、見えなかった。

 夢って、星みたいに遠くで輝く、でももしかしたら届くかもしれないものだと思ってた。

 ああ畜生。

 俺の星は、雲に閉ざされた、もう絶対に届かないものなんだ。

 星が見えない。


 こうして今、俺は首輪を付けられて盗賊をやらされている。

 希望に満ち溢れて『夢を叶えたい』なんて思っちゃいない。

 それでも、盗賊として生きないといけない。他に道は無い。

 コイツらにやらされていたとはいえ、盗人の片棒を担いだ以上、捕まれば命は無い。

 なら、星なんて見えなくても命だけは助かる様にしないといけない。

 真面目に、盗賊として、人から略奪をしなければならない。畜生……


 「貴族印、目印も……ねぇ。よし、襲うぞ。」

 盗賊団は背の高い草に隠れて3つにバラける。

 一つは偵察と陽動が役目。一つは襲撃が役目。一つは背後からの強襲が役目。

 役目を分けて効率的に襲う。コレを全うな商売に使えていれば、どうにかなっただろうに……。

 「よう兄弟、お前さんは陽動部隊かい?」

 後ろから声が聞こえる。見ればそれは長剣を突き付けて俺を捕まえた張本人。

 こんな状況下で手を振りにこやかに話しかける様はまるでお隣さんに会った時のソレだ。呑気も甚だしい。

 「…そうです。行ってきます」

 首輪が無いからそういう事だろうが、他に比べて横暴さは無い。

 それでも長剣を突き付けた事は忘れられないし、何を考えているか分からないからコイツは不気味だ。


 「ま、そう腐るな。若者にはやり直す権利と義務がある。

 巧くやれればその内良いことがあるだろうさ。

 ま、腐るな」

 飄々と言って強襲部隊の方へと消えていった。

 何がやり直す権利と義務だ、何が『腐るな』だ。

 そんな権利も義務も無い。腐れ外道になった俺にはもう………


 「おい新入り、行ってこい。」

 そんな事を考えていると首輪の無い盗賊から命令された。

 顎をしゃくって道を行く馬車を示す『陽動をしてこい』という意味だ。

 「………はい。」

 俺には何も選べない。

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