If?:踏み躙られる正義の悪夢と号砲56

「ハーイ、サイフノトクチョーカイタラモッテキテホシイッス。

 ナルダケクワシクタノムッスー。」

 市街地の一角で軽薄そうな男が声を張り上げている。

 と言っても、気の抜けた声なので、いくら声を張ってもたかが知れていた。

 「ねぇ、後輩ちゃん?」

 「アーイ、ジョセフィーヌサンドシタッスカ?ア、カキオワッタッスカ?

 ア、アザッス。」

 軽薄な後輩は買物に来ていたジョセフィーヌという女性から渡されたメモに一通り目を通す。内容は盗まれた財布の特徴を思い付きで箇条書きしたであろうものだ。

 盗難の動揺の所為であろう、字は歪み、箇条書きというよりも思い付きで書いている為に殴り書きに近い。

 「エーット、コゲチャノカワセーのキンチャクブクロ。中身は硬貨にアメ数個、で花の装飾細工…ッスネ。細かい情報有難いッス…………。」

 殴り書きを読み終えてそう言いながら盗まれた財布を全て入れた布袋をガサゴソと物色して…

 「コレッスカネ?」

 そう言って焦げ茶色の革で出来た巾着袋を取り出した。

 ジョセフィーヌの顔が急に明るくなったのを見ればその疑問への答えは明らかだろう。

 「そう!それよそれ。

 有り難う後輩ちゃん、助かったわ。えぇっと……何かサインとかした方が良いのかしら?」

 「ア、ソノヘンダイジョーブッスカラ、オカイモノヲツヅケテクダサッテケッコーッス。

 モシナンカアッタラ、ソノトキハコエカケルッス。

 あ、それよりも、身は無事っスカ?」

 「えぇっと…大丈夫よ。ちゃんと全部あるわ。」

 巾着袋の中身を物色すると、安堵した様にそう言った。

 「ジャ、コレデオシマイッス。オツカレサマッス!」

 「ありがとね、後輩ちゃん。あ、先輩ちゃんにも宜しくね。」

 「ショーチッス。ジャ、キヲツケテ。」

 互いに手を振り、ジョセフィーヌは雑踏に消えていった。

 「ウーシ、一ツオシマイッス。」

 脇に抱えた菓子でも摘まもうか?とジャックが思案していたところ

 「後輩、いいかぁ?」「出来たぞ。」「オサイフかえして~」「確認願えますか?」「ジャックちゃん、いいー?」

 それ迄手元のメモと見つめ合っていた人々が一斉にジャックの元にやって来た。

 「……シャー!

 皆並んで!順々にやってくッスカラ、チョット待って欲しいッス。」

 名残惜しく菓子を一瞥。一瞬悩んだ末にそれを脇に置いて、吹っ切る様な掛け声と共に財布入りの袋を片手に盗品とメモの特徴の照会を始めた。




 「ジャック………そっちは終わったの?」

 取り調べを終えた私がジャックの元に行くと、そこには道の端の空樽に腰掛けてサボるいつもの後輩の姿があった。

 「モチロンッス、全員分の照会終了。全部持ち主に返し終えたッスヨォ…………。

 センパイハドッスカ?」

 ぐったりと樽に腰掛ける後輩の横にはさっき買っていた菓子の袋、そして手には逆さまにした布袋。それをヒラヒラと振って中身が空である事を主張していた。

 「こっちは手の空いていた人が丁度来たから、犯人を警兵所へ連れてく様に引き継いだ。

 あと、その菓子の事言い忘れてたけど、サボらない、勤務中。」

 「マーマー、センパイモヒトツイカガッスカ?」

 そう言ってガサゴソと袋から焼き菓子を一つ取り出す。

 「………一つ食べたら巡回に戻る。いい?」

 「モチロンッス!」

 後輩ジャックがもの凄く良い笑顔だったのは言うまでもない。





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