If?:踏み躙られる正義の悪夢と号砲53

 「おかしい…静か過ぎる…。」

 口を次いで出た言葉に自身も困惑した。

 「センパイスイマセーン、ギリギリセーフ!」

 困惑を破る様にして、路地から息を切らして茶髪頭が目の前に飛び出した。

 「遅い、と言いたいけれど、珍しく時間丁度。行くわよ。」

 息切れする後輩は放っておいて仕事へと向かう。

 私、ミシェル=イウスティーは後輩のジャック=フィークタスと共に治安維持活動に向かうところだった。

 要は、警兵のパトロール任務だ。




 『警兵』

 この国の治安と安寧を守る為の組織。

 役割は、時に人ではないもの達と刃を交えて民草を守り、時に人の犯した罪を取り締まり、捕らえる。


 危険は直ぐ傍に。

 殺意は喉元に。

 敵は隣に。

 命は手に無し。


 新人の警兵に先ず叩き込まれる『警兵の心構え』というものだ。

 我々の着る厚手の黒い制服には剣と盾のイラストを簡素化させた警兵の紋章が入り、遠目で見てもそれを着ている者が警兵と一目で見て解る。 腰には緊急時における魔法行使用の杖と対人拘束用の手錠、対モンスター用の手投げ弾が上着に覆われる形で隠れている。

 制服は防刃と防魔法処理が施され、生半可な刃、爪や牙では着ている者に害を成す事は出来ない。

 こうして街を歩いていても、私達は殺されるリスクと隣り合わせ。故にこれが標準装備となっている。本当に命懸けの仕事。

 これが我々、警兵の仕事。

 人々の安寧の為に日々命を賭して闘う誇り高い使命だ。

 「イヤー、イツモアリガトウゴザイマース。

 イクラッスカー?オ、ヤスイッスネー。イッタダッキマース。」

 果物屋の店主と親しげに話し、木の実を買っている後輩ジャックを小突く。

 「何してるの?仕事中。」

 「イヤー、市場調査ってヤツですよ。

 流通しているものの品質を見れば、その辺りの治安を推し測れるってヤーツっすよ。」

 店主に向けていたヘラヘラした人懐っこい顔はそのまま。

 ただ、こちらに向けた視線は動かさず、目の奥は真剣だった。

 後輩ジャックなりに調査はしていたらしい。

 ただ、それはそれとして……。

 「真面目にやってるように見えない。

 行くわよ。」

 「イッテ、ワッカリヤーシタ、センパイ。」

 頭を小突いて見回りを始めた。

 「イヤー、ヘイワッスネー。ヒマデヒマデサイコウッ!ケーヘーバンザイッ!」

 頭の後ろで手を組んで視線をゆらーりゆらりと動かす。

 何処からどう見ても不真面目極まりない節穴警兵にしか見えない。

 「ジャック、それ、本当に思ってる?」

 視線をジャックに向けず、言葉だけ向ける。

 「イヤー、平和っちゃ平和ですけど、平和過ぎますね。

 何時もより少しだけ大人しい気がするっネェ。捕まえる数が少ないのは良いんですけど、何でそーなったか?っていう理由が見えないのが気になるッス。」

 そう、後輩ジャックの言う通り。

 今、この街は平和なのだ。

 が、平和が過ぎる気がする。

 何時もより少しだけ犯罪の数が少ない…気がする。何時もより少しだけ捕まえた連中が大人しい…気がする。何時もより少しだけゴロツキ達の動きが控えめな…気がする。何時もより少しだけ悪行に悪辣さが無い…気がする。何時もより少しだけ…この街の裏側が静かな…気がする。

 そして、その『気がする』を説明出来る理由が無い。警兵の数が増えた訳でも、新たな犯罪の対策法が講じられた訳でも、いきなり新人が成長して戦力になった訳でも大捕り物があって組織的犯罪が減った訳でも無い。

 ここ数週間感じた言葉にするのが難しい感覚の差異。僅かに在る様な、無いのかもしれない誤差のようなソレ。

 変化する理由が無いし、変化していると断言も出来ない。

 それでも、小さな違和感が幾つも重なって不自然がこの街に起きている。と感じた。



 ソレが、その正体の解らない不自然さには糸が繋がっていて、それは大きな悪意に繋がってる気がしてならない。

 異様な胸騒ぎがした。


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