If?:『悪魔』と呼ばれる魔道具職人の最後の悪夢52

 「……nあ………?」

 目の前の、人語を理解する正真正銘文字通りの怪物に問い掛けようとして、言葉が出なかった。

 こちらは血だらけの胴体と傷だらけの頭を残すのみで、もう身体の何処を絞り上げても余力は欠片も無い。

 対して相手はお気に入りのペンダントでも弄るように胸に穿たれた穴で遊んでいる。

 その手には臓物や肉は欠片も無い。血の一滴さえも無い。

 「……nあん?」

 「他人をそんな目で見ないで欲しいものだわぁ。」

 痛みに耐える様子も、恐怖する様子も、死に近寄っている様子も無い。

 「『胸を貫けば大概の相手は死ぬ』そう考える事が分かっているのなら、それを逆手に取れば良いのよぉ。

 そこをより一層強固に守るなり、そもそも壊されても痛手の無いようにするなり、あの程度じゃこの私は壊れやしないわぁ。でも…」

 そう言って風穴を手で覆い隠す。

 「流石にこのまま外を出歩いたら困るので、こうしちゃいましょう。」

 風穴を覆っていた手が除けられると、そこには、何もなかった。

 いや、あるのだ。心擊で喪われた筈の、無くなった肉体の一部が…。

 穿たれた筈の穴が無くなっていたのだ。

 「こんな斬新過ぎるファッションも無粋ですから…」

 前の衝撃を示していた服の穴も、次に女がそこを撫でた後には何もなかったかのように、痕跡が無くなった。

 「これで元通り。さぁ、後はあなたも混ぜればそれで御仕舞い。」

 邪悪さの欠片も無く、悪意の欠片も無く、死を告げたのだと解った。ただ、一つ、体が強張った言葉が一つだけあった。

 『あなた混ぜる』

 考えない様に、本能的に拒否していたのかもしれない。

 こんな狂人が、人の死が目の前にあるというのにそれに何も抱いていない様にしか見えない壊れた人でない何かが、家族を生かしている訳が無い。

 生きているかもしれないと思わせればいい。

 魔道具作りをさせればそれでいい。

 生かして逃げるリスクを負わなくていい。


 それでも、信じるしかなかった。誰かに話せば助けられない。人を都市一つ…下手すればそれ以上の範囲から探し出す事など今の自分には出来ない。力付くなんて魔道具を使ってもたかが知れている。

 何より、自分の創った魔道具を潜り抜けられる格上を相手に従う以外に希望が無かった。

 「だいぶ前に流しちゃったけどぉ、皆海に流しちゃぇば理論上、一緒になれるわよねぇ。」

 そう言いながら、風穴の空いた結界に手をかざす。すると、穴は無くなり、空気が鳴き始め、黒い靄が濃くなっていく。

 「じゃぁねぇ、腕の良い魔道具屋さん。

 これからアナタは悪魔にされると思うけど安心してぇ。アナタの預かり知れない所で起こる事だから。」

 靄の中、手をヒラヒラと振る女の顔が見えて。

 眼球は瞼ごと抉られ、残る胴体も削られ細く、考える頭蓋の中身も黒い靄と一緒になって



 あいたかったなぁ






 「『こうして、魔道具屋さんは家族と一緒になれて、私は魔道具屋さんの知名度が手に入り、みーんな、当初の願いが叶いましたとさ。めでたしめでたし』

 さ、これで良いかしらぁ?」

 結界の内に溜まった赤黒い液体が下水に流れていく様を女は見ていた。

 そこに罪の意識は無い。何を考えているかと言えば、結界を破られたという致命的エラーを如何するか?というものだった。


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