If?:『悪魔』と呼ばれる魔道具職人の最後の悪夢44


 『ご依頼した魔道具の進捗状況が芳しくない様子でしたので、こちらも大きなお世話とは思いましたがお手伝いをさせて頂きます。

 具体的には、奥様とお子様に我々からご説明して貴殿の仕事の邪魔にならぬ様にと然るべき場所にお連れする事に致しました。

 我々もお邪魔しない様に姿消しておきますので、存分にその超絶技巧を振るって下さいませ。

 依頼したものが完成したら付属の案内地図に従って所定の場所まで納品願います。

 貴殿の仕事の終了と共に、貴方の奥様とお子様は解放いたします。

 それでは。この件はくれぐれも、他言無用で願います。』



 家中を這いずり回り、パニックになりテーブルやタンスを引っ繰り返し、窓ガラスを素手で割って血だらけになり、気が遠くなってやっと、天井に張り付けられた手紙に気付いた。

 四隅に宝石が装飾された大判の紙に個性の無い文字が並んでいた。その文面には慇懃さと敬意と親しみを全く感じない。手紙から感じる書き手の感慨や感情は無い。これは読み手に不快感をもたらし、悪意の無い飄々とした脅迫と勧告をしているだけだ。

 全身は探し回った時にあちこちにぶつけて内出血だらけ。手はガラスで血だらけ。

 本来なら痛みを感じる筈なのに一切感じない。

 同時に体も動かない。目は天井の文字に釘付けにされている。

 (どうすればいい?)

 嘘だと信じたい。実はこれはただの悪戯で、実はもう家の近くまで帰ってきているんだと信じたい。

 だがそれは希望的観測だ。

 こんな事、妻はしない。自分が心配しないように何かあっても無くても必ず何かメッセージを残す。

 子ども達も出掛けるとなると必ず嬉々として、跳び跳ねながら自分達もサインをする。隣の家に行くときまで置き手紙を書こうとサインの準備をする子達がただのお出掛けにどうしてそれをしないのか?

 相手は今まで手の込んだ嫌がらせの域を超えた手法でこちらを脅かしてきた最悪な意味で信用出来る輩だ。

 助けを誰かに……信頼出来る一流の誰かに求めても、無事帰ってくる保証はない。

 もし自分が依頼を完璧に完遂しても、もしかしたら、いや……やらなくちゃ。


 (絶対に助ける)


 彼の心中はドロドロと不安が蠢き、狂気と恐慌が心の悉くを染め上げる。

 立ち上がった彼の目にはどうしようもない、最早救いようの無い狂気が宿っていた。

 血塗れの手をそのままに家を飛び出し、通行人の奇異の目に気付く事無く人の合間を駆け抜け、工房に辿り着いた彼は、納品予定の治療用魔道具を使って怪我を治すと、吸い込まれるように自分の作業部屋へと入っていく。

 同時に何かの駆動音、岩が砕ける音、耳障りな金属音、呟きの様な生気の無い独り言がそこから聞こえてきた。



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