If?:破落戸と少女の最後の悪夢31


 燭台の薄明かりを頼りに辿り着いた自身の寝室の扉を開けると、中は静まり返っていた。

 異国の物語から魔術の仕組みの解説、動物図鑑や地図まで入った本棚、鍵付きの装飾があちこちに施された机、軽くて暖かい大きなベッド、母や来客の方から頂いた化粧品が並んだドレッサー。そして、部屋の奥、クローゼットに続く大きな扉が一つ。

 部屋の南側には大きなバルコニーが有り、眼下には庭師によって整えられた庭園が月明かりに照らされていた。


 毛足の長い絨毯が敷き詰められた大きな部屋にあるのはそれだけ。

 部屋の外の廊下を一度確認し、部屋の鍵を閉めて、一言。

 「お待たせしました。準備は出来ています。

 参りましょう。」

 誰の目を見て言う訳でも無く、独り言の様にそう呟く。

 クローゼットに続く扉が静かに開き、中から男が出て来た。

 「こちらも今来たばかりだ。

 仕事の詳細は合流しながら説明する。」

 招かれた侵入者は、談笑の隙を突き、彼女の部屋へと忍び込んでいた。


 リザは隠してあった動きやすい衣服に袖を通し、必要な荷物を纏め、クローゼットの奥に隠してあったロープをバルコニーの手摺に手早く結び付ける。

 幸いなことに、丁度月が雲で隠れて辺りが暗くなった。

 その隙に手摺に結んだロープを下に落として、月が顔を出す前に手早く降りる。

 招かれた侵入者も後からそれを追う。

 庭園に足を下ろした二人は手早くロープを回収。それを仕舞いながら庭園の死角に移動しつつ、今晩の予定についての打ち合わせを行う。

 「今日の任務は何ですか?」


 この間約三分。手慣れたものである。



 「今回はボスから直の指令が入って『所定の位置に用意した荷物を確保、それを奪われること無く、速やかに、所定の場所まで運搬せよ。』とのことだ。

 場所に関しては依頼書に書かれてあるから、後で確認してほしい。」

 私達にもたらされる依頼。その通達方法は少し変わっています。

 先ず、我々の元に『配達人』と呼ばれる役割の人間が口頭で伝えに来ます。

 唐突に、何処にでも現れ、依頼の概略説明を行う為だけに口を開き、気付くと煙のように消えて手紙だけを残す……という方式です。

 口頭での説明は概略だけで、依頼に必要不可欠な情報は、手紙に記されています。

 ただ、この手紙が曲者で、ある程度組織内で信頼と信用を勝ち取っていないと読み方が解らない様になっているのです。

 『依頼に関する情報を最低限しか知らせずに仕事をさせようとすれば、情報不足で依頼の成功率は下がる。

 かと言って、効率化を図ろうとして、依頼に関する情報を全て開示すれば、裏切り者や口の軽い者から情報が流出するリスクが増える。』

 その両方のリスクを回避する為に生み出されたのがこの手法だそうです。

 末端が警兵に捕縛されても実態は掴めない。スパイが末端に入り込んでも満足な情報は得られない。

 情報を持つ地域長を狙う輩は居ますが、それはこの手法を取ろうが取るまいが当然の様に起こる現象。故に、この手法特有のデメリットたり得ない。

 ただ、『詳細情報を知らされるのは一部の人間だけ』という事で、情報が流出した場合、自分が粛清対象となりかねない。故に、『手紙』を読める人間は口を固く閉ざす………。

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