If?:徘徊する魔道具職人の最後の悪夢2

 『職人のマキナージ=ドリッチ様で宜しいですね?』

 原料の買い出しの時だった。

 仕事の時、工房から出る事は無いし、守秘義務と危険物だらけの工房に不用意に誰かを入れる事は無い。たとえ家族であっても、工房には中々入る機会は無い。

 だから、職人としての僕の名前を知っていても、僕の顔まで知る者は少ない。

 正体を知っているのは信頼出来る昔の友人知人。仕事上の知り合い。

 流石にスパイ程の秘密主義では無いが、こちらが全く知らない、憶えの無い誰かが僕の名前を知っているのはおかしい。

 「ハハハ、そんなに警戒しないで下さい。別に貴方を取って食う気がある訳でも、ましてや誘拐する気も有りませんよ。」

 話の内容の不穏さとは真逆の、愉快なモノを見た様に笑う男。

 中肉中背、高くも無く低くも無い声、これと言って特徴の無い顔付き、訛りのない、特別抑揚に特色が有る訳でもない喋り方。

 敵意は感じない。害意も感じない。恐怖も感じない。

 だけど、何か厭なものを感じる。

 『相手に対して特に何かを感じない。』人に対してそんな感覚を覚えた事は無い。だからこそ、感じる厭な感覚。

 『あなたに是非見て欲しい面白いものがありましてね……』

 そう言って懐から何かを取り出そうとした。

 相手が懐に手を入れた時にはもう、僕は動いていた。

 「申し訳有りませんが、仕事が立て込んでおりまして、失礼いたします。」

 相手の横をすり抜ける様に、駆ける様に歩き出す。

 『あ、待って下さい。せめて設計図だけでも……』

 後ろから声と追いかけようとする足音が聞こえるが、無視して前傾姿勢のまま歩く、歩く、走る。

 工房の近くまで辿り着いた時には、後ろから追いかける人の姿は無かった。

 その時、僕は安堵してそのまま自宅へと帰った。


 「おかえりなさーい!」

 「おかえりーさいいっ」

 「お帰りなさいアナタ。」

 家の扉を開くとそこには何物にも代えがたい団欒が在った。

 さっき迄の気味の悪い感覚が消えていく。

 「あぁ、ただいま。」

 安堵と安らぎで胸が一杯になる。

 「お風呂湧いてるわよ。ご飯の前に入ったら?」

 「あぁ、有難うディアネ。」

 「ボクもはいるー!」

 「いるー!」

 「こーら。お父さんはお仕事して来て疲れたんだから。」

 「良いよ、二人共、一緒に入ろう!」

 「やったー!」「やたー!」

 この時、僕はあの気味の悪いものをすっかり忘れていた。

 幸せな『いつも』に戻って来たと、あれから逃れられたと思っていた。



 工房の中から嬌声が聞こえる。

 絵に描いた様な団欒。幸福。煌めく黄金にも勝る日常。

 「首尾は上々。

 後はお土産を見て貰って……まぁ、気に入って貰えるでしょうから。

 ハハ、取って食う気がある訳でも、ましてや誘拐する気も有りませんよ。あくまで自由意志で、職人の魂に訴えさせて頂きますよ。」



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