If?:徘徊する魔道具職人の最後の悪夢1

 犯罪は何処にでも起こるモノでは無い。犯罪は起こるべくして起こるモノである。

 そして、犯罪が起こるには三つ、条件がある。

 一つ、加害者。これが居なければ犯罪という概念自体が成り立たない。

 二つ、被害者。加害者が加害者たるには被害者が居なければならない。

 三つ、犯罪を許容する環境が無くてはならない。




 夜、大都市の一画は光を失い闇に包まれる。

 裏社会で生きるものを取り締まろうとするものは、闇に呑まれて消える。

 裏の社会で生きるもの達もまた、闇に呑もうとして、より大きな、圧倒的な闇に呑まれる事もある。

 そんな大都市の闇の部分で今日、ある重大な事件が起こっていた。


 裏通り。月明かりも星明りも届かぬ闇の中、足音が一つだけ聞こえる。

 襤褸ボロ布を纏い、ふらふらとした足取りで歩く男が居た。

 傍から見て、服装と足取りだけならこの近辺を根城にしている様に見える。が、キョロキョロと歩きながら辺りを見回し、襤褸布越しに解る荒い息は到底そうは見せなかった。


 男はマキナージ=ドリッチ。この国で一二を争う腕利きの魔道具職人である。

 結婚して十五年になる美人の妻、二人の子どもと一緒に、この都市の一等地にある立派な工房兼自宅に住んでいる。

 要は、こんな場所とは当然縁もゆかりも無い。筈なのだ。

 住んでいる都市、しかし、こんな場所には一度も足を踏み入れた事は無かった。

 以前より、この近辺は治安が悪く、職人仲間や客、家族からは『絶対行くな。』と釘を刺されていた。

 子どもにも、『あぶないばしょにはちかづかない。やくそくっ!』と言われ、約束していた。

 国で一二を争う腕利き魔道具職人。そんな貴重な人材が悪意の吹き溜まりに足を踏み入れれば如何なるかは言うまでもあるまい?

 ドリッチも普段から用心して裏通りに足を踏み入れるどころか、人気の少ない場所には極力近寄らない様にしていた。

 しかし今回、周囲の助言や愛する子どもとの約束を違えてもここに来なければならない理由があった。

 「『三つ目の脇道に入って左の壁際にある石の下の鍵を取る。』………これだ。」

 ブツブツと熱に浮かされた時のうわ言の様に呟きながら、跪いて手探りで地面を探し、足元の石を見付けて持ち上げ、隠されていた錆びだらけの鍵を拾い上げる。

 「『まっすぐ進んで枯れた井戸のある小さな広場に出る。そこに立っている女に合言葉を言って鍵を渡す。』」

 うわ言を口の中で繰り返しながら、つんのめる様にふらふらと、足元も見えない裏通りを歩き出す。

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