If3?:伝染~ディーゼス=リリアンの朝の邂逅~




 両手に溜めた冷水を顔に浴びせかける。

 水が肌に触れた瞬間、毛穴が閉じ、表情筋が引き締まる感覚。

 水が撥ねて服を濡らさない様にしつつ、何度も何度もこれを繰り返す。

 (幾ら父様とーさまが頑張っても、たかが知れてるんだよね。

 元々父様とーさまは人の上に立って動くのは向いてないし、腹芸下手だし、小心者だし………。致命的に貴族に向いてない。でも、妄信めいた向上心だけは人一倍ある……向いていない、だからこそ、有る。

 野心と能力が合ってないんだよね………。

 だって言うのに、私にそんな事求めないでよね。)

 冷水を止め、懐に入れてあったタオルで顔を拭く。

 目が冴え渡り、頭がスッキリした。



 ディーゼス=リリアンの父はあまり聡いとは言い難い。

 しかし、娘は違った。

 怠惰であるが、無能ではない。

 適当に過ごしても一流のお嬢様学校でそれなりに成績が良い程度には優秀であった。

 (あーぁ、別に父様とーさまに悪いとも思わないけど、テキトーな地位でテキトーにイイ男(相思相愛)と結婚して、ラクにそれなりに生きよう。)

 父には野心を二人分。娘には才能を二人分。それぞれに極端に割り振られている皮肉。

 娘が少しでも父から野心を譲り受けていたら、娘はその野心を才能で叶え、この学園の権力争いに参戦していた。

 父が少しでも娘に与えた分の才能を残していたら、その才能で自分の野心を満たすべく、貴族として大成した。

 しかし、ものの見事にそれぞれが野心と才能に特化した。

 結果、娘が表舞台で脚光を浴びることは無いだろう。

 結果、父が表舞台で脚光を浴びることは無いだろう。




 ドアが開く音がして、ハッとした。

 肩に力が入り、音のした方へ体を向ける。


 しかし、彼女は直ぐに、その行為は不要なものだと気が付いた。

 「あらぁ、お早う御座いますーミス=リリアーン。今朝もお早ーい、お目覚めですのねぇー………ふぁ~」

 朝の陽に照らされて、黄金の様に煌めく長い髪が目に飛び込む。

 それは全てが黄金の様で、歩みや風で揺らめく様は、おばあさまに昔話して貰った黄金海アウルマーレのおとぎ話に出て来る黄金の海の様だった。


 相変わらず綺麗。


 「あらご機嫌麗しゅう。

 今日は朝寝坊ではないのね?ミス=コルネシア=アルヒィンデリア。」

 意味深な微笑みで挨拶を返す。

 「だってぇ、誰かさんが大きな物音立てて、ビックリしたからぁ~。」

 「!?」

 そんな筈無い!ドアを開けるのにも、歩くのにも、細心の注意を払った。

 水を使うときなんて、最も気を使ったと言っても良いのに!何で!?

 そんな考えが顔に出ていたのだろう。黄金海の内に煌めく二つの蒼玉がキラキラ光を反射させて笑った。

 「ふふふふふぅ~。冗談よディーゼ~。

 音なんてしなかったし、ドアを開けるまで貴女が居るかなんて解らなかったわ~。

 ま~、何時も通りなら居るかな~って思って出て来たんだけどぉ。」

 「っ、!

 ルーネェ、驚かさないでよね!」

 声を潜めて抗議する。けど、多分私は笑っているのだろう。


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