If2:終わり始める


 安い挑発だと我ながら思う。

 あんな三文芝居で使われる様な台詞、実用性皆無だ。

 挑発に乗って私刑リンチするくらいなら大騒ぎにして校則に則って正々堂々始末すれば良い。

 剣術で一方的にやられていた連中が不意打ちを防がれた段階で、勝ち目は無い。

 正直、たとえこちらが丸腰であろうと、あの程度の玩具ではハンディにさえならない。

 正々堂々こちらが暴行した事を強調し、自分達のした事、しようとした事を全力で棚に上げれば簡単に私を消せる。

 ただし、プライドが無ければ………………な。


 「ミス=フィアレディーに報告した方が良いのではなくって?

 そうすればあの下民はもうこの学園に居られなくなるでしょう?」

 ナクッテは慌てて宥める様に他二人に怯えながらも説得を試みている。

 「それは出来ない。」

 「何を言っている?」

 怒鳴りはしない。

 怒りの表情も見せないし、眉一つピクリともさせていない。

 先程殴られて赤くなった顎を時折触れるが、痛みで顔をしかめる事さえ無い。

 しかし、ナクッテの表情を凍り付かせるには十分な殺意がそこには合った。

 (騎士の一族の名誉に賭けて、逃す訳にはいかない。)

 (アイツはこの私を虚仮にした!生きて返す訳が無いだろうが!)

 鉄剣を担ぎながら二人の眼の奥には復讐心の火が燃えていた。

 ナクッテは最早拒否を出来る段階には無かった。

 シェリー=モリアーティーを殺すか、はたまた二人に殺されるかのどちらかの選択肢しかない。

 ナクッテは二人を止める事は最早不可能と悟り、予め用意されていた鉄剣を手に取った。

 ギラリと光る鉄の刃には月の光が反射し、揺れていた。

 鉄剣の重さで震えている訳でなく、単に恐怖で揺れ動いていた。


 宗教においても『七つの大罪』の一つたる『傲慢』として、人間の重要な要素として取り上げられている。

 それはプライド。自尊心ともいう。

 自尊心というモノは人間にとって重要な要素である。

 自分を尊ぶ事。自分を分析、評価し、信じる事は、行動パフォーマンスに大きく関わる要素である。

 自分を信じ、胸を張っている人間はその自尊心に引き摺られてその自尊心に相応しいたっとい行動を取る事になる。

 自分を信じられず、背中を丸めて自分の爪先と地面を見ている人間はその自尊心に引き摺られてその自尊心に相応しいいやしい行動を取る事になる。

 自尊心は重要だ。


 が、行き過ぎは何事も物事に不具合を引き起こす。

 人間に必須な栄養素たるナトリウムを過剰摂取する事で人が死ぬ様に、自尊心も過剰であれば人を殺す。

 自尊心が在り過ぎると、自分が全能であるかの様に錯覚して、全能で無い他人ヒトを蔑み、陥れ、踏み躙る。

 自尊心が在り過ぎると、自分が出来ないのにも関わらず、出来ると過信して愚行や最適解から程遠い行動に走る。

 相手を過少に考え、自分の勝利イメージしか考えていない。

 だからこそ、自尊心を傷付けられる安い挑発を許せず、他の誰でも無く、直々に、自分の手で相手に罰を下そうとする。


 その時、相手の頭には『罠』と言う可能性は無い。

 自信過剰で単細胞。

 まぁなんて解りやすいカモなのだろうか?


 「「「シェリー=モリアーティー。」」」

 校舎にて。

 暇を持て余して月光浴をしていると、私を挟み撃ちにする様に三人がやって来た。

 ナクッテと騎士擬き・脳筋教師に別れての挟撃。

 冷静さを欠いていても、戦略を最低限は考えようとしている様だ。



 「覚悟はよくってよ?」「君を倒して騎士の矜持を取り戻す!」「逆らうな!」

 三者三様に抜剣。私にジリジリと近寄って来る。

 



 さて、時間は有限だ。

 速やかに終わらせるとしよう。

 終わりの始まりだ。

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