If1:ポーカーは喜怒哀楽を露わに。
シェリー=モリアーティーの記憶に依れば……厳密に言えばシェリー=モリアーティーの記憶だと仮定したモノに依れば、私の目の前に居るのはこの学園で最も厳しく、厳かで、厳めしい教師。ミス=フィアレディーという事になる。
小さな眼鏡を掛け、上品かつ一目見て最高品質と解る紺色の服を身に纏った婦人。それだけ聞けば『高貴な身分の淑女』であろうと聞いた人間の60%が思いを馳せるだろう。
だが、現実は違う。
目の前に居るのは、小さな眼鏡を掛け、上品かつ一目見て最高品質と解る紺色の服を身に纏った………絵本に登場する悪い魔女の様な、細い骨に皮が辛うじて張り付いたような婦人だった。
『高貴な身分の淑女』と言った。
しかし、その淑女の瞳は鋭く、隙が少なく、人を値踏みする様に睨んでいる。対峙する相手に与える印象はどちらかと言えば『シンデレラの継母』か、良い所『嫁いびりの好きな姑』が関の山だろう。
私が言う事では無いが、到底教師には見えない。
この記憶は……偽物かね?
「御機嫌ようミス=モリアーティー。」
シェリー=モリアーティーの部屋の扉の前で、鋭い眼光そのままにスカートの端を少し持ち、膝を少しだけ曲げて身を屈める。
「御機嫌よう。ミス=フィアレディー。
先程から外が賑わっている様でしたが、如何されましたか?」
僅かな微笑み、そして、隠してはいるが垣間見える困惑と恐怖の表情を見せ、顔から血の気を引かせつつ、呼吸を若干乱れさせながら挨拶を返す。
『豚嬢に散々な言われ方をした後、部屋に籠って勉強をし、部屋の外が騒がしいという事に気が付いたものの、何があったかは全く知らない。
だから今、フィアレディーが来訪した理由なぞ知る訳が無い。
何故自分の所に来るのか解らない未知への困惑と恐怖で一杯だ。』
無実のシェリー=モリアーティーが今、有るべき状況、取るべきリアクション、生理反応、あるべきスタンスはざっとこんなものだ。
厳格な教師が自分の所へ来る理由が解らない状況下で、何も知らない少女ならば動揺し、自分が不用意に何か失態や過ちを犯してしまった事を恐怖する。
その上で、この学園の淑女としてのあるべき姿を取ろうと努力し、それを必死に隠して笑顔を取り繕う。
自然だろう?
やろうと思えばポーカーフェイスも出来るが、それは悪手だ。
隠し事をする人間は何故か表情を仮面の様に動かない様にしようとしてあれこれ骨を折る。
正に骨折り損だ。
考えてもみたまえ。自分の預かり知らない件で自分が疑われている状況や、急な来訪者が、しかも目的が解らない状況で来た時、人は混乱する。
何故、そんな最中で能面の様な表情を表情筋に貼り付けられる?
動揺するだろう?困惑するだろう?未熟な少女が取るべきは自然に動揺する事だ。
嘘を吐く時にすべき行動は『嘘を隠す事』・『動揺を隠す事』ではない。『本当の事を言っている時にする自然な行動を取る事』だ。
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