If1:攻防激戦
「先程、ミス=コションがこの部屋に来ましたね?」
『フィアレディー』という呼びかけに対して抵抗を示さなかった辺り、名前は合致している様だ。
「はい。一・二時間程前に。
如何かなさいましたか?」
鋭い目を前に目を少し反らし、不安を強めながら問い返す。
「先程、『ミス=コションがこの学園敷地から無断で外に出た。』と言う報告が有りました。
最後に顔を合わせたのは貴女だという事が解ったので、何か彼女から聞いていないかと思って来ました。
彼女が何処へ行ったか心当たりは有りますか?」
予想通りの質問。
それに対して計算された表情筋の動き、呼吸のテンポの変化、手足の指先の僅かな動きを加えながらこう言う。
既に言うべき言葉は決まっていた。
「申し訳有りません。
先程ミス=コションに会った際に『何処かへ行く』という趣旨の発言はしていなかったかと…………。
お役に立てず申し訳有りません。」
申し訳無さそうな、罪悪感と無力感と言う苦痛で顔を歪ませて謝罪の意を示す。
それに対してフィアレディーは足元を一瞥、視線を私の後ろに移し、扉が開け放たれて一望出来る様になっている部屋を一瞥。
「貴女はミス=コションと会った後、何を?」
「勉強をしていました。部屋の外には出ていません。」
表情筋を削ぎ落としたのではないかと思うレベルの表情変化の無さ……と言っても、鋭い目で睨んでいる事自体は変わらないので無表情には見えないが、表情変化の無いまま眼だけ私の顔を見て、その後、辺りを見回し、
「勉学の邪魔をして失礼致しました。
もし、何か思いだした事が有ったら、私の所まで報告に来る様に。
それでは、失礼。」
「御機嫌よう。ミス=フィアレディー。」
スカートの端を指先で持ち、お辞儀をする。
フィアレディーはその指先を一瞥し、衣擦れの音一つさせずにお辞儀をして、廊下の向こうへ消えて………
「あぁ、ミス=モリアーティー。少し宜しいですか?」
廊下の向こうに歩を進めようとしてピタリと動きを止めた。
「はい?」
「少し、お手を拝借。」
舞踏会の踊りに誘う様に 手の平をこちらに差し出した。
「はい……?」
困惑しつつもおずおずと手を差し出す。
「糸屑が、付いていましたよ。」
そう言って私の肘を曲げて挙手の様な腕の形にして、袖の肘部分に手を伸ばし、真っ白な糸屑を手に取って見せた。
「申し訳有りません!」
慌てた様子で頭を下げる。
「今回は不問にしましょう。
ですが、身嗜みには細心の注意を払う様に。
見えない場所こそ、重要である場合が多いものです。」
糸屑を懐に入れて、今度こそフィアレディーは去っていった。
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