If1:豚との邂逅


 頼る者が無く、救う者は無く、逃げ場は無く、虐げる者と殺さんとする者だけが有り余る力で自分を歓迎する世界。

 冷静に考えてみたまえ。そんな所、控えめに言って若者が…人間の居て良い場所では無い。

 シェリー君は辛うじて立っていた…と言うか、倒れて行ったところで私にぶつかった……と言うのが正解だ。

 で、私が受け止めてそのまま落ちるか肩を貸して貰うかを選ばせた結果、私の知るシェリー君は私に肩を貸す事を望み、シェリー君は落ちる事を望んだ。

 簡単な話だろう?


 彼女は死に、私は身体を手に入れた。

 私を縛るモノは無い。

 エピソード記憶が無いという制限は有るが、意味記憶は十二分に有る。

 要は、脳内を駆け巡る知識は有る。

 私が何者かは知らないが、脳内を巡る知識の数々と私の思考の傾向からどんな人間であったかは察しが付く。

 そして今、私の知らないこの場所に関する知識、それはこの身体の元の持ち主が消える際、持っていた記憶が私に流れ込んで来た。

 彼女の大まかな経歴。この学園に来た経緯。彼女の惨状の詳細。そして、魔法という、私の知らない知識。

 「成程、私の知らない場所か…………………問題無い。」

 笑みが零れる。

 未知というものは人に恐怖をもたらす。それは弱小生物たる人間が生命を守る為の武器であるからだ。

 が、人間は弱小生物であると同時に知識欲に憑りつかれた生き物でもある。

 未知。それは人にとって恐怖であり欲を満たすものである。

 あぁ、久々に感じる完全な未知の領域。

 蹂躙し甲斐がある。

 「モリアーティー‼シェリー=モリアーティー!」

 ドンドン

 そんな矢先、乱暴なノックと少女のどなり声が聞こえてきた。

 辺りを見回す。

 私が今居るのは窓、簡易的なベッド、勉強机、後はテキスト、アレは…クローゼット?………他には、細かいものは有れど、殺風景な部屋だ。

 流れ込んで来た記憶を探る。

 自分の記憶では無いのに、まるで自分が経験してきたが如く実感を伴う記憶。あぁ、妙な気分だ。

 『ここは貴族令嬢が集まるアールブルー学園の寄宿舎。全寮制の学校の一部屋。

 学園は貴族の令嬢が集まり、将来の王妃を目指すべく奸計謀略を巡らせている。』

 しかし、この身体の持ち主。

 「モリアーティー‼シェリー=モリアーティー!」

 ドンドンと扉が叩かれる音がする。

 身体の持ち主たるシェリー=モリアーティーは奸計やら謀略やら策略で死んだ訳ではない。

 単純にシェリー嬢が貧しい出自ではあるが、貴族の援助を受けて特待生として居るのが気に入らずに追い詰めただけだ。

 まったく、選民思想に憑りつかれている割に中身が伴っていない連中と言うのは情けなくて嗤えてくる。

 「早く開けなさい!この高貴で美しくて賢い私、 ポーグレット=ホエイ=コションを待たせるとは何事ですか!」

 その時の私が思わず鼻で嗤ってしまったのは敢えて言う必要はあるまい。




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