番外編:教授と犯罪と

 「犯罪の話をしよう。」

 ある日の思い付きだった。

 「犯罪……ですか?」

 「あぁ。犯罪だ。

 『法律という表向きには社会規範』から逸脱する行動だ。」

 「犯罪の話。と言いますと、具体的には何の事をお話しするのでしょうか?

 窃盗、暴行、殺人、詐欺、放火………『犯罪』と一言で言ったとしても、細分化すると数多在りますし、何処の国の法律かによってまた犯罪の定義も………」

 「あぁ、済まない済まない。『犯罪の話』とは言っても、今回は『犯罪の引き金』についてだ。」

 「引き金……ですか?」

 「犯罪なんてものは、まぁ大概の人間の行動はそうであるが、行動には引き金が有る。

 後ろからハンマーで夫を殴り殺した妻は、何故その日に犯行を決断したか?と言えば、前日の夜に夫から殴られ、死の危険を感じたからだった。

 職場の工場に油を撒き、火を着けて一切合切を黒焦げにした若者は、何故その日にそんな事をしたのか?と言えば、貰える筈の給料が三カ月貰えず、雨風を凌ぐ家と生きる為の食事が無くなったからだ。

 ある日突然……なんて事は無い。

 複数の条件原因が揃い、それが作用しあう事で犯罪結果は起きる。

 『夫の暴力原因』・『夫が死ぬ結果

 『給金の三カ月連続不払い原因』・『工場が燃える結果』といった具合にだ。

 実際には複数要因で引き起こるが、明確に引き金と言える大きな切っ掛けは存在する。

 まぁ、その引き金が発生し、作用するには環境的土台が必要なのだがね。」

 「環境的土台?」

 「犯罪と詳細条件次第だが、犯罪が起こる原因は主に3つ在る。

 『被害者』・『加害者』・『犯罪を許容する環境』。

 この三つだ。」

 被害者無き犯罪は無い。そもそも被害者が存在するから犯罪足り得る。

 加害者無き犯罪は……それは頓智か禅問答の領域だ。

 そして、犯罪を許容する環境無くして犯罪は起こりえない。

 「『被害者』・『加害者』は解ります。その二人が居なければ犯罪は起こりえません。

 ですが、『犯罪を許容する環境』。というものは聴いた事があまりありません。」

 「そうだろうそうだろう。そう思っての特別講義だ。

 例えば、今言った夫殺しの件だが、もし、家の中で行われている暴力について近隣の住民が違和感を覚えて警察に通報。そのまま暴行罪で逮捕されたら夫殺しは少なくともその時点では起きなかった訳だ。

 火事の件も、給料未払いなんて事が世間にバレていたら、そして然るべき法が犯人に賃金保証をしていたら。

 工場を炎上させる暴挙以外の選択肢が犯人には在ったかもしれない。」

 『もしも』の話はすべきではない。

 それは起こり得る事象の樹形図。その中でも実際に起こらなかったIfの話。

 実際に起こる『かもしれない』は万全を求める上で必要だが、『もしも…~たら』は未練がましい。

 本来は、私のすべき事では無い。

 「つまり、『人に犯罪を促進させる状況』や『人に犯罪以外の選択肢を選べない状況』という事でしょうか?」

 「後者の方は、厳密に言えば『人に犯罪以外の選択肢を考え着かない状況』と言えよう。

 そうだな……例えば…腐敗した公的機関が治める場所や、純粋に治安の悪い場所、娼館街、戦時中…………そして、災害や疫病がこれに当て嵌まる。」

 「災害や疫病もですか?」

 「あぁ。そのあたりは特に規模が大きくなる。

 災害が起こり、そもそも法の番人が真っ当に仕事を出来ない状態。つまりは犯罪者が活動しやすい状況だ。

 更に、この状況は物資が足りずに人が略奪に走りやすい。

 こうすると日頃犯罪の一線を辛うじて越えない者が一線を越え、その暴力に感化された人は暴徒と化し、略奪が病の如く蔓延っていく。

 人間は異常事態において犯罪という選択肢に安易に走りやすくなる。

 『こんな状況だから仕方ない。』と思い込ませて……ね。」

 「本当にそんな事が………」

 「起こるとも。

 天災が起こり、その要因を人的なモノとして勝手に解釈し、デマを作り出し、非論理的な理由で暴動と私刑を起こしたなんてケースは、人が存在する歴史を探せば何処であろうと有るとも。

 そして、疫病はもっと性質が悪い。なにせ見えないのだからね。

 疫病から自分を守るべく、咳一つ、鼻水をすする音一つ、くしゃみ一つで私刑に処す事まであり得る。

 そうなれば残るは殺戮と暴力。

 『自分を守る為』という本音を『防疫の為、社会の為』で覆い隠して大義名分として振り回す。

 危ない事この上ない。」

 「…………………………。」

 黙りこくっている。

 この話の意味は、『災害や疫病の有った時の心構え』である。

 が、この話の本質は………

 私の本質から、読み解くと良い。





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