微風は止む

ブービートラップは使いこなせれば便利だ。

自分がその場に居らずとも、罠にかかった相手に危害を加える事が出来るからだ。

しかも、何より便利な点は、『証拠が消滅する罠を仕掛けられればお手軽に完全犯罪を仕掛ける事が出来る。』という点だ。

例えば罠を仕掛けた相手が罠を作動させ、家ごと自分が炎上している時に、私は遥か彼方の海の上で豪華客船のパーティーに参加していればあっという間に完全犯罪が達成出来る。

次に、『まとめて複数人を同時に始末出来る。』という事も上げておこう。

予め複数個所に仕掛けておけば同時に複数個所、地理的に離れていようと同時に始末出来る。


が、残念ながらそれらの利点は使いこなせれば・・・・・・・という前提ありきである。


「何なのよォォォォォオオオオ‼」

遠退いていく階段の下から小娘(小)の叫び声が聞こえる。

我々は次の授業へと向かっていた。

「教授!下の方で誰かに掛かったようですが⁉」

シェリー君が間の抜けた声で叫ぶ。

「落ち着きたまえ。心配するな、狙った相手が泥水塗れになっただけだ。」

「落ち着けませんし心配しか出来ません!」

はぁ、何を言っているのやら………。

今泥水に塗れているのは君を陥れようとしていた人間だというのに………。

「講義を開始しよう。先ず、先程私が避けた仕掛けは解っている。そこまでは良いかね?」

「はい、糸の様なものを触っていたのは解りました。」

「アレを仕掛けた人間がこのバケツを用意して、そして、今私が泥水を掛けた相手は犯人だ。」

「⁉」


私が何をしたか、説明しよう。

先ず、シェリー君は次の授業に出る為に廊下を急ぎ足で進んでいた。

そこで、階段を昇ろうとした訳だが………


フッ


その前に私がシェリー君の体の主導権を貰った。

理由は勿論、陰で見ている連中が企んでいる通りにならない為だ。

教室で意味有り気に笑っていた時点で何かを仕掛けて来る事は目に見えていた。

そして、あの小娘達が仕掛けるならば先ずここだとは思っていた。

予想通り、陰には息を潜めている………と思い込んでいるバレバレの三人組が居た。

如何にも何か有りそうな場所で、如何にもな隠れ方をして、どうしてブービートラップをやる意味があるのかね?

どうして目の前のあの露骨に見える糸に引っ掛かる愚か者が、この世に存在すると思っているのかね?

階段の前で一瞬止まって上を見る。

バケツが上に置いてあった。

『この糸に引っ掛かった相手はあのバケツが落ちて来てずぶ濡れ&泥だらけになる』と言ったところか。


ヒョイ


まぁ、引っ掛かる訳が無い。

そのまま放置しても良かったが、返り討ちにするのも悪くない。

足音を消して足元の糸の行く先を辿って上階に素早く駆け上がる。

目的地にはバケツ。階段上の手すり部分にたっぷりの泥水が入ったバケツが絶妙なバランスで乗っていた。


 ス


少しだけ、少しだけ階下の方にバケツを傾ける。

元々は足を引っかける力で引っ張られ、引っ繰り返る様になっていたのだろうが、仕様を変えさせて貰った。

たとえば、罠の不発と標的を見失った小娘が罠の不備を確かめる為に不用意に糸に触れ、その僅かな刺激で引っ繰り返るような仕様に。

こうして、次の授業に向けて我々がその場を去った後、仕様変更された糸に不用意に触れ、小娘(小)は泥まみれのずぶ濡れになった。


ブービートラップの致命的欠点。

・必ずしも狙い通りの人間が引っ掛かるとは限らない。

・見つかったらそこで役に立たなくなる。

そして、これが一番重要でマヌケである。

・罠を相手に利用される事、もっと言えば自分が引っ掛かる事。

である。




実に、間抜けである。

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