黒幕にして魔王
構えは無い。
武器も無い。
尖るような敵意や殺意も無い。
しかし、目の前の小娘がこちらに一歩一歩近づく度に心音が強く、早く鐘を鳴らす。
心臓が強く脈打ち過ぎて喉までその振動が伝わる。
あの女はさっき迄、恐れも知らないと言った面で蛇や熊を相手に無傷で立ち回り、かと思えば、あっという間に、どんな手品を使ったか知らないが、襲い掛かって来た猛獣達を犬猫みたいに手懐け、自分の手足の如く、そいつらを繊細に動かし、挙句俺達のやっていた事をまるで目の前で見ていたかのように全て見透かしやがった!
魔法?魔法なんてそんなちゃちな、可愛いものじゃない!
奇跡?神様が起こす様な、そんな綺麗な、神々しいものじゃない!
アレは魔法よりも恐ろしく、この世のどんな邪神よりも禍々しい何かだ!
こんな辺鄙な村に何故こんなのが居る⁉
心臓が更に鼓動を加速させる。
そう、この早鐘は警鐘だ。
それは本能的に解る。
明らかに堅気の、虫も殺した事の無いようないいトコの小娘といった風体の輩に何をビビっていると嗤う奴が居るだろう。
馬鹿を言うな。実際、
恐れなかったら褒めてやる!
震えなかったら湛えてやる!
勝てたらお前が今日から俺達の首領だ!
「全員、全力でこの娘を殺せ!何をしてもいい。油断するな!容赦するな!躊躇うな!絶対に殺せェェェェェェ!」
必死に自分と手下を鼓舞する。
今直ぐにこの場から逃げたい衝動に駆られる。アレの一歩が鎌を持った死神の一歩に見える。
が、それでも、否、だからこそ全力で殺さねばならない。
ここから逃げてそれで終わる訳が無い。
逃げれば捕まる。大人しくして居れば縄を喰らう。
この場合の縄………それは良くて縛り首、悪ければ……………
逃げられない。死神の気まぐれでこの場を逃げられても永遠に悪夢を見せられる。
絶対にここで終わらせなくてはならない!!!!
「オオォォォォォォ!!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛‼」
「キェェェェェェイ!」
「ヌヲォォォォォォォ!!!」
後ろから手下が己を鼓舞しながらアレへと肉薄する。
自分も第二陣として剣を取って向かう。
相手はたった一人の小娘……の皮を被った化生。
総勢171名の武装した男達が化生へと太刀向かっていった。
数十人も百人も千人も変わらない。
数学的に、単純な数字であれば全く違うが、こうして敵対する者の数としての数字となっては誤差にしかならない。
向かって来る剣を人差し指と中指でそっと掴みながら屈み、剣を背後へと投げる。
持っていた賊が前のめりになり、目の前に胴体が迫る。
スッ
空いていたもう一方の手で胴体に触れると、男の体から力が抜け、糸の切れた傀儡人形の様に地面へと転がり落ちた。
槍が背後から来ているのは知っている。素人の槍程度ならば藁も同然。
後ろを見る迄も無く背中に手を伸ばし、穂先を手で摘まみ上げ、体をくるりと独楽の様に捻る。
その勢いのままこちらへ引き寄せられた賊を躱し、背を向けて隙だらけな首筋を
サッ
赤子を撫でるように触れる。
次の瞬間、賊の手から槍は落ち、地面に倒れ、ゼンマイのほどけたゼンマイ仕掛けの人形の様に動かなくなった。
次の瞬間、槌を振り上げる賊が華奢な乙女を空へと打ち上げた。
完全な不意打ち。当たった体は空へと打ち上げられた。しかし、乙女を打ち上げた賊の手には槌の重さしかない。
乙女は羽毛の様に空へと舞い、そのまま地面に落ちるかと思われた。
スタ
自分を打ち上げた男の頭上に立つ。
乙女は気付いた上でわざと槌に打ち上げられた。否、気付いて打ち上げられる前に自分から跳んだから、実際は打ち上げられたフリをして跳んだと言うべきか……。
男は直ぐに頭上の乙女を捕まえようとした。しかし、手を伸ばした次の瞬間、男は飾られたぬいぐるみの様にその場で動きを止めてしまった。
次々、次々、次々次々……………
殺意を剥き出しにした男達が乙女によって物言わなくなっていく。
それを見た残りの賊達は不気味に思い、恐れた。
しかし、真の恐怖は未だそこには無い。
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