虚構の村

「やれやれやれ!」「逃がすんじゃねぇ!」「殺せぇ!」「金目の物と食料は根こそぎ奪え!」「女は生かせ、男は殺せ!」「壊せ!壊せ!」

シェリー君へと刃を向ける者、建物に侵入して僅かな食料や金品を奪おうとする者、ただただ破壊を愉しもうとする者………………賊と言うだけあって、まぁマナーがなっていない。

が、残念ながらそれらの行動は全て無駄になる。

「おい、何だこれは⁉」「何も無ぇぞ!」

初めに、目の前のボロ家に入った賊が家の中から叫ぶ。

その瞬間を見計らったシェリー君が、懐から取り出した懐剣で空を斬る。

パチン

小さく何かが弾けるような音がして、次の瞬間、賊の入ったボロ家が倒壊した。

「ギャァァ!」

倒壊した家の中から悲鳴が聞こえる。

安心したまえ、辛うじて抜け出せる様になっているし、生き埋め→自分達の撒いた火種で家が延焼→自分達が黒焦げ……なんて事にはならない。

「再度警告します。この場から大人しく退去するならば私は追いません。村の方々にした非道にも今回のみ、目を瞑ります。

出て行って下さい。」

シェリー君がそう言いながらまたしてもそこら中の空を斬る。

それに呼応するように略奪目的の賊が入った家だけが前触れなく倒壊する。

「何だ、何が起こってる⁉触れてもいないのにピンポイントで攻撃?魔法か?」

向こうの指揮官と思しき輩が困惑と未知への不安を眼に宿す。

残念ながらシェリー君は今現在、魔法の類を一切使っていない。

今のは純然たる物理現象。糸の切れた傀儡人形が地面に崩れ落ちる位当然の現象だ。

「駄目です!村には誰も居ません!」「誰も、どころか人の住んでいた気配すら無い!」「何だこれは⁉」

指揮系統に若干の混乱が見られる。

「お前、何をした!?村の中身を何処に消した⁉他の奴等は何処にやった!いや、そもそも、俺達に何をした⁉」

指揮官の問いにシェリー君が答える。

「何をするも何も、そもそも、ここは我々の村では・・・・・・・・・ありませんよ?・・・・・・・

「?」「⁉」「??」「?!?」「!…?」「??!?」「‼?」

シェリー君の言葉に賊達が何を言っているのかという状態。


全く、一体何処の誰が『ここがシェリー君の村だ。』と言った?

私達はここが村だとは一言も言っていない。


そう、ここは二つの村の人間が創り出した『虚構の村』だ。


シェリー君たちが先ず行った事。それは自分達の村を守る為の防護柵………では無く、存在しない村の製作だった。


 そこら中にある木々を伐採し、加工し、糸で吊っただけの、吊るした糸を斬るだけで倒壊するハリボテの家を作り上げた。

 沼地の表面を乾かし、土や砂や小石を撒いて乾燥しているように見える地面を作り上げた。

 本来有るべき道に、村へと続く道に泥を撒き、草や木の葉で覆い、村への道を覆い隠し、無い筈の道を作り出した。


 こうして、本来有る筈のシェリー君の村から少し離れた場所に出来た偽物の村、シェリー君が賊相手に大立回りをする虚構の村という舞台が出来た。

 あとは、賊共が来たのが解った時点でシェリー君が魔法で霧を生み出し、視界を制限して方向感覚を狂わせ、足元の道を辿って虚構の村へと来させただけ。


賊達がこの場所に足を踏み入れた時点で奴等はシェリー君の手中、術中、釈迦の手の中ではしゃぐ浅はかな猿も同じ。

既にチェックメイトも同然である。


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