闇夜

「吃驚しました。」


「そうだろう。」


「でも…………良かったです。」


「何が良いものか。君は絡まれて返り討ちにしただけだ。


それが何故こんな真似をせねばならないのかね?」


私は不服だった。業腹だった。


というのも………………………………………………………………………………………………………














「聞きました。


剣術の授業中、三人の人間に怪我をさせたそうですね。」


歩きながら後ろのシェリー君に問う。


問い詰める。という表現の方が相応しいか。


「はい、実は…」「言い訳は結構。理由がどうであれ、貴女が三人の人間に危害を加えたのは事実。それなりの罰を与えます。」


異議は認めないつもりか?


シェリー君とて手を怪我した。


今はもう何ともないようだが、こちらは被害者だ。


こちらは降りかかる火の粉を払っただけだ。


ふざけている。


「シェリー君出るぞ。」


そう言って私が替わって鞭相手に素手で返り討ちにする方法をレクチャーしようとしたところ…………


「教授、お待ちください。」


シェリー君が止めた。






「パウワン先生には残り二人の指導をお願いしています。後ほど私からもパウワン先生の行き過ぎた指導方法について幾つか述べさせていただきます。」


だから何だというのかね?


それでも五分と五分。


私の腸は相変わらず煮え繰り返っている。


「無論、先に暴力という卑劣な手段を使った方が悪いというのが法における原則です。


しかし、それに対して暴力で対抗するのは淑女や令嬢として有るべき姿ではありません。


その事を噛みしめて、反省しなさい。」






確かに、暴力に対して暴力。というやり方は相応しく無かろう。


それは何処でも言われる事だ。






が、一つ問う。






では君は、どうすれば良いというのかね?


暴力を用いてはいけない。


それは解る。


それは戦争の縮図だ。


碌な事に成らないのは解っている。歴史がそれを語っている。


報復の連鎖は死体の山を作るだけだ。悪趣味だ。愚行だ。それは解っている。


じゃぁ、何をすれば良かったんだ?


最適解を言わずに「駄目だ!」「悪い!」では解る訳が無いだろう!


教える人間はより良い解決方法に導く義務がある!


暴力が駄目だというのなら別の方法をしなければならない。


淑女の態度ではない?ならばそのまま殴り殺されていれば良かったのか?という話になってしまう。


「次からは戦略的撤退をすることを要求します。」


………………………………………………。


出来たらな。


それが最適解の時もある。大半がそうだ。『逃げるが勝ち』という東方の諺にある通り。


が、こちらには逃げるという選択肢はあの時、無かった………………。


「解りました。


申しわけございません。それで…………罰というのは?」


「これです。」


そう言って辿り着いたのはグラウンドの端。


大きな建物の一角の倉庫であった。


「今回、剣術の授業が教師不在で完遂されなかった事により、倉庫の片付けが完全に為されはしませんでした。


よって、あなたには今晩中にこの倉庫の片付けをお願いします。」


中には木剣を主とした様々な道具が散乱していた。


やれやれ…………令嬢や淑女というのは片付けの出来ない輩の事を言うのかね。


「夜間部屋の外に出る事を今回は私の采配で許可します。


書類はここにあるので安心して片づけをなさい。」


そう言って灯りの付いたランプを置いてミス=フィアレディーはその場を去っていった。










という回想が少し前までの粗筋。


そういう訳で今、シェリー君は木剣や重い砲丸やらを一人で片付けさせられていた。


「淑女が暴力的でしたらいけませんわ教授。」


「あれは返り討ち。正当防衛だとも。


抵抗が無ければ君は大怪我をしていた。」


「確かに…………その点は感謝しております。有り難う御座いました。


教授は私の為に戦ってくれたのでした。


その点を失念していた事。申し訳ありません。


……しかし……………………私は信じているのです。」


「あの強面教師をか?」


「それもあります。


ミス=フィアレディーは厳しくはありますが、芯の強い、真の淑女たれという信念においてあの方は本物です。」


確かに、一定の評価を下そう。


何も知らねば『逃げるが勝ち』・『戦略的撤退』は有効な一手と考えても差し支えない。


「そして、私は…………教授。あなたを信じています。」




計算が狂った。


今までに無いことだ。


私を?


記憶喪失で悪逆非道の権化のような、おそらく記憶の有ったころの私は手の施しようの無い悪鬼羅刹の大将なり大悪党であったのは想像が容易い。




彼女にはそれを公言している筈だ。なのに何故………………?


「教授、あなたは私を救ってくださいました。


死のうとしていた私に、死体の様に抜け殻だった私に喝を入れ、生きる力を与え、知識を下さいました。


力無いと諦めていた私に、絶望と闘う力を、生き抜く力を、下さいました。






私は、そんな教授を信じているのです。


人一人傷付けず、全てを解決して下さる解法を導いてくださると。






だから、私は言います。


『暴力は非淑女的である』と。」








は………………


ははははははははははは………………










計算違いも甚だしい。




シェリー君には才能があると思っていたが、どうも見当違いだったようだ。


































彼女は私を超す天才だ。


この悪党を相手に一歩も退かず、我を通そうとした。


私を誑した挙句に。だ。






























彼女は……………未来、私を超す黒幕の淑女になり得る。










それが今の私に導き出せる最高の解答だった。
















「良いだろう。


少なくとも今回だけは、私は暴力を振るわない。


君に例え千の刃が向かおうと、私は一切刃を敵に向けないと誓おう。


そして、君に一切傷付けないと誓おう。」


ここまで私の力を信じている。


ならば私は裏切ろう。


その期待では足りないと。


想像を超す私の力を以て万難を滅しよう。


この、モリアーティーの頭脳のもとに。それを誓おう。


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