教授は決心する。本気を。
音を時偶鳴らしながら階段を降りていく。
サッ…ギィ……サッ……サッ………ギィ……サッ…
流石に老朽化であちこちガタが来ているようだ。
そんな中でも、音を立てない様に、何も問題無い様に動く彼女の心が見える。
階段一つにここまでせねばならない状況に良い感情が抱けない。
時偶なる音にビクビクしながら降りていく状況。
どう考えてもそれは『食堂へ食事をしに行く年頃の娘のソレ』というよりは『これから仕事をしようとしている素人犯罪者のソレ』を彷彿とさせるものだった。
ガランとした食堂。
不自然なまでに整然と並んだテーブルとイス。
食事までどれくらいの時間が有る事か。
そして、そんな事をせざるを得ないこの子の状況に……いや、良い。
食堂に着くとそこは殺風景な人の居ない空間だった。
本来は、未だ食事までに時間が有るのだろう。
しかし、彼女はわざわざ私に来るように言ったのだ。
何かあるのだろう。
仔細は流石に解らない。が、もし、彼女に何かあれば私が出て行けば良い。
小娘の嫌がらせ程度。この私は逐一気にしない。
愚かな小娘の愚行として腹の底から嗤えば良いのだから。
何かあれば私が出て行けば良い。
それだけだ。
「ン?何で豚がここに居るのかしら?」
30分くらいして、豚嬢がシェリー嬢の元に来た。
未だ食事の気配も無し。そんな状況でわざわざ他の席が全て空いているにも関わらず、わざわざ我々の目の前に座った。
わざわざ目の前に座って、不快なものか不吉なものでも見たかのような、醜いしかめっ面を見せつけ、その挙句絡んできたのだ。
おそらく部屋に居ないことに気付いて彼女を追いかけて来たのだろう。嫌がらせの為に。
最早これは迷惑千万。傷害事件と言って良いのではないか?
全く、馬鹿の一つ覚えというが、彼女は人の事を豚とでも誤認する事にその『一つ』を使ってしまったのだろうか?
だとすれば馬鹿の一つ覚えでは無く、『馬鹿は覚えず』とでも言えば良いのだろうか?
それで麗しき乙女を豚呼ばわりとは………いい迷惑だ。
はたまた、彼女は自分を芍薬や牡丹や百合の花とでも誤認しているか…………
救いようが無いな、どちらにしろ。
「理解できるかしら⁉
ここはあくまで人間様のご飯を食べる場所であって、アナタの様な汚い豚風情が来て良い場所では無いの。あなただって高貴な人間様たる私を筆頭に、人間の皆様に不快な思いをさせるなんて、恥が有れば罪悪感を抱くでしょう?
………そうでしたわ。豚の知能にそんな上等なモノ在る訳が有りませんでした。
………………………………というか、何故当然のようにあなたはここに座っているの⁉鬱陶しいのよ!私がここに座るのに!何故アナタは私の前に居るのかしら⁉不敬よ不快よ不潔な豚!失せなさい!何故私にこんなことを言わせるの!?人間様の食べ物は豚に勿体ないでしょう!………………………………」
余りの酷さに私の認知機能が彼女の言葉をスルーし始めた。
理論も理屈も通っていない。
1.シェリー嬢は人間。
2.汚いのは豚嬢の口元。
3.先にここに居たのは彼女である。
棄却するのさえ億劫だ。
替わろう。
彼女に何時までも聞かせる訳にはいかない。
「シェリー嬢…」
「…………………………大丈夫です。」
「しかし……」
「教授は少し、退いて頂けますか?」
「………………………………分かった。」
テーブルの下で手を固く握りしめて、今にも拳が砕けそうになりながらも表情を崩さずに豚嬢に対峙する彼女を見て、私は替われと言えなくなった。
言える訳が無いだろう?
これはおそらく、彼女なりの………逃げないという意志表示。宣戦布告だろう。
ここに逃げては自分が負けた事になる。だから替わらない。
そもそも、この手の相手を如何にかしたければ、席を替わればいいのだ。
それをやらない………。それは所謂ケジメだろう。
殴る為に、今、殴られる覚悟をして、殴られている。
思い切り、殴る為に、今、正に彼女はノーガードで相手の攻撃を受けて立っている。
私は彼女には何も言わなかった。しかし、私は自身にこう言った。
『私も本気で行く。
殴られる彼女の代償に見合う、否、殴られた対価以上のモノを、奪い取る。
忘れるな。=という記号が有るが、≠という記号もある。
等価交換では無い時もあるのだ。
彼女にした愚行≠愚かさへの報い である。
彼女にした愚行≦愚かさへの報い である。
これは確実に行われる、未来、決定された事実である。
豚嬢にハッピーエンドなど訪れず、シェリー嬢はどのような手を用いても、私が守る。
魔法程度の変数では私の数式は揺らがない。
悪魔や神程度の変数が私の美しき完全犯罪に手を出せると思うなよ。
決定した。豚嬢は完全犯罪で破滅させる。
決定した。シェリー嬢に降りかかる害悪は私の手で捻り潰す。
私の全力を以て、だ!』
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