愛だの、百合だの

小泉出雲

第1話

背中から臭うゴミ特有の刺激臭が遼の鼻を刺激する。少し離れた通りからは都会の喧騒とネオンから溢れた光が顔にかかり思わず目を細めた。

今日は朝からついていなかった。

連休を前にし、浮かれきった自分は久しぶりに恋人と旅行にでも行こうと思い、溜まりきった有給を消費した。

いつもより少しはやく帰路に着きコンビニの袋に入った缶チューハイと旅行雑誌をぶら下げながら、恋人の待つ部屋の玄関を開けると見慣れない女物のパンプスと楽しそうな笑い声。靴を脱ぐのも忘れてリビングに向かえば案の定、知らない女と仲睦まじくする恋人の姿があった。

そこからは怒りと勢いに身を任せ部屋を飛び出し、全て忘れようと缶チューハイに手を出したのがいけなかったのか、酒を煽るうちにこの一缶で足りなくなり、居酒屋にいき財布が空になるまで呑んで、呑んで、とにかく呑んだ。

そして現在23時32分、アルコールが回って動けなくなった遼はゴミ置場で途方に暮れていた。

「あー、どうしよ」

もはや涙も出ない。これからどうにかしないと思っているもののアルコールのせいでうまく考えがまとまらない。何か、なんとかしないとそう思えば思うほど瞼は重くなっていき遼は意識を失うように眠ってしまった。


誰かに揺さぶられ目を覚ます。どうやら眠ってしまっていたようだ。

霞む視界には心配そうにこちらを覗き込む女性の顔があった。思わず謝罪の言葉が溢れる。

「すみません」

「大丈夫ですか」

大丈夫じゃないです、宿無し無一文です、とはさすがに初対面の人間に言えるほど図々しい性格ではない。私は「心配かけてすみません」と立ち上がりとりあえず場所を移動しようとした、しかしふらついてまた尻もちをついてしまう。痛い。強く打ち付けた尻からの痛みか、それとも今の自分の惨めさを悔やんでか涙がこぼれる。

優しさで声をかけてくれたお姉さんには申し負けないけれど、声をかけてしまったのが運の尽きだと思って欲しい。遼は彼女のシャツを掴み口を開く。

「おねえさん、私わけあって宿無しなんです」

反応はない。まあ急に身の上話をされても戸惑う以外反応はないだろう。遼は気にする事なく続ける。

「いろいろあって彼氏に浮気されて、四年、四年付き合って二年半も同棲してた恋人裏切る神経が知れない、それで家には帰れないし、手持ちもうないし帰りの電車もないしで」

話し始めると止まらない。それからしばらく今日あった話を独り言のように話すうちに酔いも覚め、冷静になった遼は次第に自分のしていることのに羞恥心を覚え始めた。

「なんかすみません、ありがとうございました」

今日の宿は適当に探します、なんて適当なことを言ってこの場を早く離れようとしたがそれは叶うなく、先ほどまで一言も言葉を発することのなかった彼女によって行く手を阻まれた。

「もしよければ、うちに来ませんんか?」

「え」

予想外の展開に脳の処理が遅れる。

思わず訝しげな表情で彼女を睨めば焦ったようにして話を続けた。

「だってもうこんな時間ですし。初対面とはいえ身の上話までしてくれた方をおいて行くのは気がひけるので」

相当話していたのか、時計は25時一歩手前に迫っていた。

「とりあえず今夜だけでもうちで休んで行かれませんか?明日になって電車が動き始めたら自宅に帰ってお金とか必要なもの回収してきたらいいですし」

この都会で人が良すぎる気もしたが彼女の顔は好きなからず何かを企んでいるようには見えなかった。

それまで意識していなかったゴミの臭いが再び鼻を刺激し始めた。遼が頭を下げると彼女はほっと溜息をつき肩を差し出した。

アルコールは既に抜けているはずなのにどうにもまだ、身体はふわふわとした感覚の中にあった。


彼女の家はそれなりにしっかりとしたマンションだった。四階の一室、扉を開けると彼女はそのまま遙をベットの上に座らせた。

「お風呂に入ってくるのでとりあえずここでくつろいでいてください」

そう言って水の入ったコップと着替えのようなものをおいて寝室を去る彼女。

遙は水を飲み干し、渡された服に着替えると疲労からかそのまま泥のように眠ってしまうのだった。


次に目が覚めたのはもう朝で、カーテンからの灯りが眩しくて目を開ければ部屋には誰もいなかった。

隣の部屋のテーブルには食パンの袋と「出かけるときはこの鍵を使ってください。終わったらポストに入れておいてください。部屋のものは好きに使ってください」と書かれた付箋と袋に入った3000円が置かれていた。お金の下には「交通費です、使ってください」の文字。

彼女の無用心さに思わず身震いする。おそらく上京して間もないのだろうか、遙は彼女のことが人間の怖さを知らない箱入り娘のように思えた。

流石に申し訳ないいとは思いつつも用意してもらったのだからと食パンを一枚平らげ、昨日来ていたスーツに着替える。

とりあえず今は必要なものを回収するのが最優先だろう、お礼は後でいい。

遙は3000円を握り締め誰もいなくなった彼女の部屋に鍵をかけた。

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愛だの、百合だの 小泉出雲 @koizumi0105

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