中編
俺はイザベル(マリーはこう呼びたくないらしい。出来れば「ベル」にしたいようだ)がその後どうしたか調べた。
ミドルネームからも分かるように、彼女は日系の血が幾らか入っている。
今の日本では日系人だということが証明されると、パスポートや在留許可の点などでは、他の外国人よりは優遇して貰えるらしい。
彼女がそれを利用したかったのかどうかは分からないが、兎に
キャバクラといっても、普通の店のように、ただ女の子が隣に座って酒の相手をしてという手合いではない。
ダンスや歌などを客に見せるという、大昔でいうところの『グランドキャバレー』をコンパクトにしたような雰囲気の店、とでも言えばいいだろう。
彼女はそこで、毎夜悩ましいダンスを披露して、客の喝采を浴びている。
依頼を受けてから二日後、俺は六本木にあるその店に出かけてみた。
さほど大箱というわけではない。
しかし普通よりは多少大きめだ。
ボックス席が20~30ほどで、正面にステージがあり、そこで彼女が天井から吊るされたミラーボールとライトの灯りに照らされて、16ビートに合わせて踊っていた。
着けている
そのダイナミックなダンスは、それだけで十分に客を惹きつけられるほどの実力だと俺は見た。
飛び散る汗、躍動する褐色の肌、それにマリーが嗅いだあの匂い・・・・俺がもし女性だったら、やはりマリーと同じ気持ちにさせられただろうな。そう思った。
俺は出入り口の一番近くの壁にもたれて、客席を一通り見まわした。
ここは体裁としてはキャバクラの筈だから、男性客がメインの筈だが、しかし席を埋めているのはどういうものか、
その彼女たち、いや、彼女たちばかりではない。
お店の女の子、つまりはキャバ嬢までがステージの上のイザベルに黄色い声援を送っている。
俺も仕事柄、何度かこうした店には出入りはしているが、こんな光景はかつて見たことがない。
と、俺は店の一番奥のテーブルに、異様な空気を感じた。
そこには女性も置かず、上から下まで黒づくめの男たちが、仔細ありげな視線をステージに注いでいた。
彼女の躍動するステージは、凡そ10分は続いたろうか?
その間一度として客を飽きさせることがなかった。
曲が終わると、イザベルは深々と礼をした。
単に頭を下げただけじゃあない。
あんな見事な礼は、近頃日本人だって見せてくれないという程、見事なものだった。
嵐のような拍手が彼女の上に降り注ぐ。
客席から何人かの女性が駈け寄り、ステージの彼女に花束だの、プレゼントだのを渡していた。
例の男達は相変わらず表情を変えることなく、じっと凝視している。
『では、イザベルさんのステージはまた30分後、それまでごゆっくりお待ちください』
イザベルは客席に投げキッスと微笑みを送り、
アナウンスが響くと、客や女たちはまたさざめきの中に戻った。
俺は客の間を通り、彼女が消えた楽屋へ通じる通路の扉をすり抜けた。
大人が二人、どうにかすれ違えるほどの広さを10mほど歩いたところに、
『dressing room(楽屋)』
『関係者以外、立入禁止』と
と札の出たドアがあった。
俺はノックを三回すると、向こうから、
『誰?』
と、少しばかり訛りのある返答が返って来た。
『怪しいもんじゃない。ちょっと開けて貰えないかね?』
『ちょっと待って』
俺は何も言わず懐からホルダーを出し、ライセンスとバッジを提示してみせた。
『探偵さん?』
『ああ』
俺がそういうと、チェーンを外すような音がし、ドアが大きく開いた。
がらんとした室内だった。
正面に大きな鏡があり、その前に化粧品が並べられてあり、隣には大きなバッグがあった。
あとはスチール製の洋服掛けがあり、そこには幾つかのコスチュームと、そして私服らしいものが雑多に掛けてある。
『探偵さんがこの私に何の用?』
彼女はまだ俺への警戒心を解いていないらしい。そりゃそうだ。
お巡りほどではないにせよ、探偵だってあまり世間から好かれる商売じゃないからな。
『実はある人から依頼を受けてね。その人は君にどうしても逢いたいっていうんだ。もっと分かりやすく言えば、君に恋をしてるんだ。つまりはその橋渡しをしに来たってわけさ』
イザベルはそこで少しは警戒心を解いたのだろう。
パイプ椅子に大きく足を組んでかけると、バッグに手を伸ばして中から取り出した煙草に火を点けた。
『喫う?』
『いや、結構』
俺が言うと、彼女はおかしそうに『探偵なのに煙草喫わないなんて意外だ』と笑った。
『女に恋をする女がいるってのも、俺には意外だがな』俺が返すと、
『じゃ、私に恋をしたっていうのは?』
『そう、女性さ』
俺は手短にマリーのことを話し、彼女の想いを伝えた。
だが、イザベルはそう言われても、まったく表情を変えなかった。
『へぇ・・・実は私もそうなのよ』
『「そう」って?』
『バイだってこと』
『なるほど、で、どうするね?今夜向こうはある場所で君を待っている。行くか行かないかは君の自由だ。君がいいというなら連れてゆくが・・・・』
『う~ん、どうしようかな?何しろ相手はポリスでしょう?・・・・私は別に悪いことなんかしてないけど、ポリスとは相性が悪いのよね。』彼女は煙草を輪にして、空中に吐き、少し考え込むような仕草をし、
『兎に角、今夜は後一回ステージがあるの。それまで待ってくれない?』
彼女がそう言って、椅子から立ちあがった時だ。
突然ドアが荒々しく叩かれた。
『ノック』なんて、穏やかなものじゃない。
誰が叩いているかは凡そ見当がつく。
俺はすかさず、懐からM1917を引っこ抜いた。
『君の二回目のステージは、どっちにしろキャンセルしなきゃならないな・・・・悪いことは言わんから、俺の指示に従ってくれ。まずは出られる格好に着替えるんだ』
ドアは相変わらず荒っぽく鳴らされている。
『非常口は?』
俺が言うと、彼女は手早く私服に着替えながら、右側のドアを指さした。
そこには緑色のランプで『EXIT』という表示が出ている扉があった。
世の中うまい具合になっているもんだ。
『いいか、俺が合図をしたらドアから外に出ろ。』
『1』
『2』
『3!』
次の瞬間、ドアの外側から何発かぶち込まれた。
俺も負けずに三連射する。
ドアに穴が開く。
俺は再び三連射し、
『さあ、早く!』
俺は拳銃を片手で構え、もう片方の手を再び懐に突っ込むと、小型の円筒を
を掴みだし、ピンを抜くと床に思い切り叩きつけた。
たちまち辺り一面鋭い光ともうもうたる煙に包まれた。
警察の特殊部隊なんかが使う、スタングレネードと同じものだと思ってくれればいい。
俺は連中がおたつくのを尻目に、もう二発乱射をしておいて、彼女の腕を掴んで、非常口から外へ飛び出した。
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