第76話 春の香り

鉛色の空に不似合いな

ほのかな春の香りが

冷たい風に痛むほほを

癒すようにそっと撫でて

無闇に掻き乱された

ぐちゃぐちゃの心の中が

柔らかな甘さに凪いでゆき

なぜかひどく泣きたくなった


外は今季最低気温

握りしめた冷えた手は

感覚さえも鈍っている

凍える指先をほどく術も

今の自分は持っていなくて


はびこるむなしさに

せめて一瞬のぬくもりを

目を閉じて身を委ねる

かすかに漂う春の香りに


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