飢えた井戸から水は出ない

人は沸く。


失えば沸く。


無いところから産みだす欲望が、人間の根っこにはまだ残っている。


無人島にたどり着いたときに絶望に満たされるだろうか。


ひと掬いのわくわくとした心が残っていないだろうか。


言葉が通じない外国に着いたとき、本当に不安しかなかっただろうか。


何も知らない、何も持っていない、何もできない。

だとしても何かしら出来るんじゃないかという期待感が人間にはまだ残っている。


何もできないと思っているのは、みんなが何かしら持ちすぎているからだ。


あなたがもし、永遠に子供なのだとすれば、尊敬のまなざしですべてを清算できただろう。

成長するにつれ、就職、結婚、ローン、背負わなくていいものを周りが持っているという理由だけで喜んで背負って吐いている。


北欧の32歳の男性と知り合った。

彼はゲームを勉強するために日本に留学したらしい。

一度も就職したことはないが、今は自分がしたいことをしているからいいという。


始めに、怒りが沸いた。

次に、なぜ腹が立ったか分からなくなった。

自分が不幸なのに、なぜ君は不幸じゃないのか。

違う。

なぜ自分は不安なのに、君は幸せそうなのか。

頼まれてもいないのに背負い、不機嫌面で幸せなものを恨む私は何者だろう。


きっと、社会に期待されているものを持ちすぎている。

楽なのだ。みんなが持っているものを持つことは。

いやなのだ。背負ったものを取られるのは。

そうして不幸は増加しているのではないか。


自分で選びたくはなかったものを、いやいや選ぶことに慣れすぎて。

選ぶために、足を止めることも、背負う筋肉も衰えた私は、根を張って手の届かぬ花に恨みの視線を送ることしかできなくなった。


持っているそれは。あなたが選んだものですか。

可愛がることができますか。

与え続けて幸せだと口に出すことができますか。


そうでないものをすべて捨ててやり直せるから、無人島の希望は生まれるのではないのですか。

自由をもって生まれた僕たちが背負ったものを、喜んで受け取ってくれる人に与えて、もっと喜ぼう。


物はそろった。

欲しいのは喜びだ。

喜びはお金で買うよりも、散歩に出かけたほうが見つけやすく、100均の粘土にも隠れているらしい。


お金が欲しい人と喜びが欲しい人の村で分かれてお祭りを開いた後に、産まれるところが選べたのならば、こんなことさえ思うことはなかったのにね。

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