夜行船の母、海へ帰る
いつの間にか幽霊船に乗っていた。
霧深い夜の海の上、遠く重く光る雷鳴が肌を震わせる。
音が反芻を終えて、一息つくと、生きていることをふと思い出した。
船内は今も幽霊たちのパーティーが続いているのだろう。
きらびやかな衣装に身を包んだエレガントな亡霊が、金や、役職や、名誉を掲げ叫ぶ
「ああ、こんなにも幸福だ!」
連鎖する悲しい強がりが、反響して甲板に届く頃。
船はゆっくりと浅瀬へと進んでいた。
青白い蛍火が航路をしんみりと包み込み、一人残された生者に語りかける。
「ここに留まれば君はきっと中にいるものたちと良き友人になれるだろう。」
「心地よい揺れがめまいとなって、座礁する未来でさえ幸福に映るだろう。」
耳障りな宴会が賑やかな冷たさを帯びて北風に運ばれていく。
「もし、生の秘密を取り戻したいのならば、夜の海へと落ちるといい。」
蛍火にそそのかされた一粒の命が、誰の視線も受けぬまま落ちていった。
冷たさが身を包み、痛みが体を歓迎する。
遠ざかる幽霊船を、戻れない安寧を、そっと見送った。
凪の夜の海。
ひとりぼっちの世界で。
あらゆる相対的な価値は音を失った。
無価値。
全て無価値だったのだ。
人は無価値の寂しさに耐えられず、価値を自分で産んだのだ。
中身の無い殻に、いくつもの人間が祈りを託して信仰が生まれた。
空虚な卵は夜の海に浮かぶ。
溺れた誰かを救うための浮き輪のように。
一人の命が、一人分の命を乗せられるだけの卵を、たった今産み出した。
生き残るための想像妊娠を、誰しもが孕んで眠る。
浮き世。
人のための浮き世の夜に朝は来るのか。
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