戦時下の現実――2

 村が慌ただしくなってきた。

「武器を持って集まるんだ。子どもたちは隠れて。村を襲う連中が現れた」

 さっきの女の人たちが、他の村の者たちに伝えている。

 このままだと逆に自分たちが囲まれて、返り討ちに遭うかもしれない。

「凍也、こいつの始末はつけるよな。連れ込んだのはお前だろう」

 佐奈井に刀を突き付けられている男が、距離を取って、凍也に言った。今度は、凍也に視線が集まる。

「……当然だ」

 凍也は、遠慮もなしに刀を抜いた。佐奈井は、その刀の切っ先が自分に向けられるのを見て、顔から血の気が引いていく。

「始末したら追いついてこい」

 佐奈井のそばから、男たちが去っていく。年や身分の割に佐奈井の刀の扱いが上手いことは、彼らにも知られている。複数人で相手にしても始末に手間取るのはわかっていて、その間に村の女たちに襲われるだろうから、凍也にさせるのだろう。

 あっという間に、佐奈井は凍也と二人きりになった。

「どういうことだよ」

 佐奈井はやっと、事情を聞く。だが返答の代わりに、頭上から凍也の刀が迫ってきた。佐奈井は慌てて刀で受け止める。

 高い音が響き、佐奈井の手に痺れを帯びた痛みが走る。不気味な音に、村にいる女の人たちがざわめいた。

 凍也は袈裟斬りを仕掛ける。佐奈井は体をのけぞらせて避けるが、袖口に刀が触れて、切れ目ができた。

「こういうことだよ。善人を気取っておいて今さら動揺するな」

 凍也は口を開く。

「だって、さっきのようなこと……」

 黙れ、と言いたげに、凍也の刀が迫る。

 佐奈井は後ろに跳ねた。

「ここの人たちに助けを求めても構わないんだぞ」

 凍也が挑発してくる。

「そうすればお前は助かる。後は何とかして、峰継さんに合流すればいい。俺に脅されて同行したと話してもいいんだぞ」

 最後の助け舟とばかりに凍也は言う。佐奈井は積極的に攻撃してこないとわかっているからこその、一方的な話し方だった。

「でも凍也、あんたはどうするんだよ」

 刀を構えたまま、佐奈井は問いかける。離している最中に攻撃されるかもしれないけれど、聞かずにはいられなかった。

「日向を一人ぼっちにして、こんなことに加担して、それであんたにもしものことがあったら、日向は」

 言っている途中で、凍也が迫ってきた。佐奈井の喉元に向けられた切っ先が光る。

 強い怒りはある。でも命の危機を感じるほど鋭い動きではない。

 慶充に教わったとおりの動きで佐奈井は受け流す。

「知った口をするな」

 凍也の声が変わった。低く震えていて、佐奈井はひるみそうになる。

「お前に日向の何がわかる? 親を失って、誰にも甘えられなかったあいつの」

 今度は、佐奈井の腹に突きがくる。佐奈井は動揺を抑えながら、自分も刀を突き出す。

 二人はそのまま鍔迫り合いになる。

「朝倉義景の無茶な戦で親が死んで、あいつがどれだけつらい思いをしたと思っている?」

 ――やっぱり凍也は。

 互いに本物の刀で戦っている。凍也はもろに刀に体重をかけていて、佐奈井は今にも押し倒されそうになっている。それでも、佐奈井はこの少年のこれまでを思わずにはいられなかった。

 ――ずっと耐えてきたのだろう。

 頼る者のいない怖さに。佐奈井には父峰継がいるけれど、一方の凍也には日向しかいない。頼れる者がいる佐奈井からすれば、守らなければならない者を抱える凍也の重圧など想像のしようがない。こんなことを思うこと自体、おこがましいのかもしれないけれど……

「……だからだよ」

 手元が狂えば、凍也の刀の重圧に負ければ、佐奈井は血を流して倒れる。口も利けない状況で、それでも佐奈井は言葉を絞り出した。

「こんなことをしてもあいつが悲しむだけだ。奪い合いをしたって、後であんたが狙われて殺されるかもしれない」

「こんな状況でそれを言うか」

 凍也の声は冷たい。鍔迫り合いになった刀をさらに押し込んでくる。佐奈井はよろめいて、凍也は蹴りを繰り出してきた。

 佐奈井は後ろに飛び、地面に背を打った。衝撃で呼吸が詰まり、立ち上がれない。

 凍也は佐奈井を見下ろしながら、刀を振り上げる。

 一乗谷を襲った人たちと同じ、暗い顔をしていた。脅しではない。ただその瞳が、わずかに震えている。

 だが、凍也は急に後ろに飛びのいた。

 凍也が立っていた場所を何かが飛んでいく。鈍い音を立てて地面に転がったそれは、拳くらいの大きさの、石だった。

「あいつだ。村を襲おうとした奴」

 さっきの女の人の声と、多くの人の足音が聞こえてくる。佐奈井は横になったまま、村の女たちが駆けてくるのを見た。中には佐奈井と同じくらいの少年も混じっている。

 その少年が地面の石を拾い上げた。他の者も、木の枝など投げられる物を拾っている。

 佐奈井は息苦しいのに耐えながら立ち上がる。

 凍也目掛けて、石や木の枝が飛んでくる。佐奈井は、凍也の前に立った。凍也に当たるはずだった石を、腕で受け止める。

「馬鹿、何をしているんだ」

 凍也が声を飛ばす。その間にも、佐奈井の頭に木の枝が当たった。痛みに耐えながら、佐奈井は村の人たちが止まることなく迫ってくるのを見る。

「こっちに来い」

 凍也は、刀から片手を離し、佐奈井の肘を掴んだ。佐奈井の背はがら空きになっていて、斬ろうと思えば斬れるはずなのに。

 佐奈井と凍也は、村人たちに背を向けて逃げていく。佐奈井は、腕を引かれるまま、凍也に抜いたままの刀が当たらないよう気をつけながら、ただ走っていた。

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