凍也――2

 凍也は距離を詰めてくる。佐奈井は彼の物々しい雰囲気に後ずさりをするが、二歩三歩と下がったところで、背中がそばの木の幹にぶつかった。

「あのさ、お前本気か?」

 背丈の高い凍也は、佐奈井を見下ろす形になっている。

「そんなことをしたとして、峰継さんはどうする? 当然、園枝さんや理世もだ。三人は消えたお前をずっと探しまわる。もしものことがあったら、一生会えないかもしれない。残された人たちはどうすればいい?」

 わかっている。佐奈井が香菜実を取り戻そうとすれば死の危険が伴う。だから、峰継は止めようとしてくるのだ。

「だけど、香菜実を放っておきたくない。このままだとあいつが危ないんだ」

 佐奈井は言ってのけた。

「他の人たちに心配かけてもか」

「うん」

 ――本当は、父さんたちを困らせたくないけれど。

 凍也は呆れて、ため息をつく。

「……まったく。ついてくるなと言うだけ無駄らしいな」

「足手まといにはならないから」

 凍也は、佐奈井の腰を見た。慶充の刀。佐奈井はこの間、刀を振るところを見せたことがあるから、凍也は佐奈井が刀の扱いに慣れていることを知っている。

「勝手にしろ。ただし、もしものことがあっても責任は取らない。お前が傷ついて動けなくなったら容赦なく放っていく。いいな」

 佐奈井はほっとした。

「ありがとう。なら、もう一ついいか」

「何だ?」

「俺と同い年くらいの女の子がいたら、助けてくれないか。栗色の目と髪をしている」

「お前がそばにいれば、見つけられるんだろうな」

「ああ」

「来い。この先で同郷の人たちと合流することになっている」

 昨日、凍也だけ帰りが遅かったのは、避難の打ち合わせではなくて、攻め上がる段取りをしていたのだ。

 佐奈井は凍也を追いかけていく。

 だが一方で、不安で後ろを振り返りそうになっていた。

 もし自分たちがいないとわかれば、凍也の言うとおり、峰継は追いかけてくるだろう。峰継だけではない。日向も、いない兄を案じてついてくるかもしれない。当然、園枝や理世も。

 追いつかれたら、どう事情を話せばいい?

「もうだいぶ集まっているな、あいつら」

 凍也が苦々しくつぶやく。

 闇の先に、佐奈井は一本の枯れ木を見つけた。田が広がる中にぽつんと立つその木の周囲に、人影がある。それもたくさん。

 凍也の同郷の者たちだった。さらに近づいていくと、顔も見えてくる。これから戦いを挑みに行く男たちの顔は、夜明け前の暗さもあってより陰湿に見えた。

「凍也、何だこいつは」

 佐奈井に視線が集まってくる。佐奈井は、怖気づきたくなくて、前だけを見つめていた。

「一乗谷から逃げてきたという少年じゃないか、確か名前は、佐奈井といったか」

 もう一人も声が上がる。

「ついてくる、と言った。どうしても故郷を襲われた仇が討ちたいらしい」

 峰継が答えた。

「父親とかがいたんじゃないのか、どうするんだ?」

 父親という言葉を聞いて、つい佐奈井は声のしたほうに目をやった。

「一乗谷で受けた傷が深くて、戦いに加われないらしい。それでこいつだけ来ることになった」

 凍也が、とっさの嘘をつく。その場の者たちは、じろじろと佐奈井を睨んでいた。

 よそ者が役に立つのか、邪魔にならないのか、という目だ。

「凍也、そいつは……」

「見ての通りこいつは子どもだけど、刀は扱える。足手まといにはならない」

 凍也はたたみかける。

 村の男は、じっと佐奈井を見つめている。佐奈井は集まる視線に、何も言えなくなっていた。正直、これ以上彼らに近づきたくない。

 この場に集まった男たちの目が、何となく、一乗谷で見たものと同じに見えてしまったからだ。

 混乱に乗じて領民の家を襲い、放火した一揆衆の男たちの目に。

「お前も傷を負っていたんだが、どうなんだ」

 さらに一人が尋ねてくる。佐奈井は、その男の陰に悪意が潜んでいるのを見抜いて、押し黙っていた。

「治ったからここにいる」

 凍也が、答えられない佐奈井の代わりに言う。

「わかった。連れていく」

 男は言った。いいのか、という声がどこかから聞こえた。

「俺で全員が揃った。そろそろ行かないと、合戦に間に合わないが」

 凍也の声に、弱々しいものがあった。自ら戦いに赴くというより、強いられて赴こうとしているみたいだ。まさかまだ、日向のことを……?

「そうだな、佐奈井。覚悟を決めたんだったら遅れるな」

村の男に言われ、佐奈井はうなずいた。

「あとくれぐれも、俺らに逆らうな」

 男の声に、不穏なものがよぎった。

「凍也、お前もだ」

 同じ村の男が、今度は凍也に向かって言った。

「村で最も刀の腕が立つんだからな。妙な真似をすれば、日向のためにもならんぞ」

 妙な言葉に、佐奈井は反応して凍也を見る。凍也は無表情だった。感情を押し殺しているように。

「わかっている」

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