呼ばれた先の魔法都市
朝日奈 亨
呼ばれた先の汚部屋
藤森美奈二十二歳、独身で高卒のOL。ちなみに気楽な一人暮らし。
毎日朝六時に起床してストレッチしてから、朝ごはんを作って食べる。食べ終わったら食器を洗って、お気に入りのドレッサーに座ってメイクをする。
それが終わったらいつもの黒いバックを片手に家を出る。
これでもかと人が詰め込まれた電車の隙間に入り込み、ゆらりゆられて出社。
それが私の毎日。日常のルーティンワーク。
変化がなくてつまらなくも、それなりに充実した日々。
が、それが今日あっけなくも崩れた。
ベーコンエッグを焼いて簡単なサラダを作り、顔の前に両手を合わせて目を閉じて「いただきます」と言って、目を開いたら私は私の部屋にいなかった。
言葉にすると非常に分かりにくいがそうとしか言いようがない。
壁一面には本棚が隙間を詰めて、随分と高い天井ギリギリまで聳えたち、端から端まで本が詰められている。床には平積みの本が絶妙なバランスを保って立ち並んでいた。他にも、くしゃくしゃになった紙が所狭しに散乱する汚部屋にいたのである。だらしなく口を開けた白いもしゃもしゃ頭の男と共に。
「やったー! 今回はイケると思ったんだよね!」
男は両手を上げて小躍りした。
なんなんだ。いや本当になんなんだ。
キョロキョロとあたりを見回すと、今にも崩れそうな本の山々の他にフラスコ、試験管、ろうとといった実験器具。雑然と溢れる物の真ん中に私はいた。
床には昔、読んだ漫画で出てきたような魔法……陣?が描かれており、その上に私は座っていた。
「にしても変な精霊だな」
じっと覗き込むように髪の間から男は見つめてきた。牛乳瓶の底のように分厚い円形のメガネの奥には紫苑の瞳がある。
唐突な変呼ばわりにカチンときた。
「変とは何よあんた! 私の部屋に何したっての!?」
「わ、君喋れるの?」
男は驚いた様子で後ろに引いた。さっきからなんて失礼なやつ。
「喋れるとおかしいわけ? 私はさっさとご飯食べて会社に行かなきゃいけないの」
「カイシャ? そんなの聞いたことないけど、どこかの集落の名前?」
話が通じていない。見当違いの方向を向いている。すれ違いが美奈のイライラを増大させた。こめかみに青筋でも立っているんじゃないだろうか。
「それにしてもこの部屋、いったいなんなのよ!」
目を閉じて開いたら、この汚部屋である。番組のドッキリか何かか。イタズラにも程度というものがあるだろう。
「ここって俺の部屋なんだけど」
「え? 私の部屋でしょう」
話の雲行きが怪しくなってきた。先ほどの会話といい何かがおかしい。
まるで異国に訪れたようなーーー。
浮上した予想を打ち消すべく、勢いをつけて立ち上がり、男の後ろにある扉に大股で飛びつくように近づいた。
「ちょっと、勝手は困るよ! 戻れ!」
聞こえる声を無視して、扉を開ける。
開かれた先は小さい頃にアニメで見た、光景が広がった。現代日本ではなかなかお目にかかれない漆喰の白い壁、調理をするためのかまど、仄かな艶のある木製の四人がけのテーブルがあった。上には洗った形跡のない皿が何枚も重ねてあるが、それは置いておいて。
これは現実なのだろうか。こんなにも部屋が様変わりするなんて現実的じゃない。
いや違う。実はまだ自分は眠っていて、夢を見ているんだ。きっと、そうなんだ。
ふらつくように左手にあったもう一枚の扉の取っ手に手をかけ、前に倒れこむように体重をかけて扉を開く。
開いた瞬間、あらゆる色彩が視界に飛び込んできた。屋根や壁面が鮮やかに彩られた、時代でいえば中世。地方はヨーロッパで建てられた様式の建物が石畳の脇に連なっている。窓枠の外側は鉢を固定して植えられた花々が咲き誇り、色を加えている。
足に力が入らなくなる。へなへなと座り込んだ。
広がる視界の上部をなにかがかすめて行く。思考が停止した頭を上に動かす。意思はなく、ただ反射的な行動だった。
人が空を飛んでいた。箒に乗って。
「ちょっと、大丈夫?」
耳に膜が張ったような気分だった。ゆるゆると頭を振ることが精一杯で、言葉が喉に張り付いて出てこない。
右手が恐る恐る頬に触れる。
徐々に力が加わり、ちぎれんばかりに力が入ろうと、目が醒めることはなかった。
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