本家! 桃太郎正当後継者伝説(※諸説あります)陣羽織桃子のラブネゴシエーション

@jvk

第1話

 犬飼健一は、突然我が身に降りかかった災難に対し、絶句するしかなかった。

「…………」

「なに呆けているのケン! 油断してたら死ぬわよ?」

 健一を災難の渦中に巻き込んだ元凶である陣羽織桃子(じんばおりとうこ)が、背後から容赦のない蹴りを入れる。

「うわっ!」

 健一が元居た場所に警棒の一閃が走る。

 その場に留まっていたら最悪死んでいたかもしれない。

「いくらケンが犬だからって、犬死にしてもいいなんてことないんだから!」

「…………」

「な、なによその目は。別に上手い事言ったなんて思ってないわよ。それより助けてあげたんだからお礼のひとつも言ってもいいんじゃない?」

「…………」

 陣羽織桃子の蹴りで健一は致命傷を負うことなく、軽い擦り傷で済んだわけだが、彼の口から感謝の言葉はない。

 出るわけが無い。

「それにしても……思ったより厄介ね。普通こういうのは役者が揃うまで待つのが礼儀だと思わない?」

「…………」

 蹴っ飛ばされた健一は、前のめりに倒れた姿勢で無言のままだ。

「あなたって本当にリアクションが薄いわね。犬なら犬らしく吠えたり口答えする方がまだ可愛げがあるのに。それで私の家臣が務まると思ってるの?」

 家臣になどなった覚えが無い健一だが、いまさら文句をいったところでどうにもならないのは分かっているので、健一はこの状況を打破する方法を考えていた。

「いくら雑魚の中の雑魚である“黄鬼”とはいえ、三匹ともなると手強いわね。流石は鬼よね。卑怯すぎるわ」

 健一たちの目の前には、“鬼”と呼ぶには異形さが足りな過ぎる、普通の人間と変りない人物が三人立ち塞がっていた。

 確かに普通の人間ではあるが、いかにもな人相で、町のゴロツキと呼ばれてもおかしくないメンツで構成されている。

 かなりゴツイ人相と大柄な体躯のリーダー格を筆頭に、ひょろ長い手足の男、少し小太りの男の三人組で、この界隈では割と有名なチンピラというか鼻つまみ者だった。

 そういう意味では鬼、鬼畜などと呼んでも問題ないのかもしれない。

 ゴロツキたちはそれぞれナイフや警棒、スタンガンなどの得物を手にしている。

 陣羽織桃子も木剣を手にしている。竹刀ではなく木剣だ。しかもかなり長い長剣だ。

 これを構えられては、迂闊には手を出すことはできないだろう。

 それに対し、健一の得物は何もなかった。徒手空拳といえば格好よさそうに聞こえるが、健一に武術の心得は無く、学校の授業で習った柔道の受身がつかえるくらいだ。

 武器の戦闘力を数値で表すなら、木剣が一〇、警棒が八、ナイフが七、スタンガンが五、素手が二くらいだろうか。

 つまり何も装備していない健一は最弱もいいところだった。


「いきなりなにさらすんじゃいボケェ!」

「そうや、兄貴になんちゅうことしてくれとんねん!」

「せやせや、いてこましたるでぇ」

 ゴロツキたちは殺気立って陣羽織桃子の周囲をグルグルと周り、その包囲網を狭めてゆく。

「あなたたちには鬼が取り憑いているの。それを祓ってあげようというのよ? 感謝されてしかるべきなのに、何故怒っているのかしら?」

 理解できないという表情で陣羽織桃子が首を振って残念がる。

 彼らゴロツキが立腹しているのは、彼女が彼らの背後から木剣で背中を思い切り叩いたからであり、因縁や難癖では無く、至極まっとうな理由からだった。

 後頭部じゃなかっただけマシだが、やっていることは通り魔と変らない。

 例え町のゴロツキが相手だろうが、背後からいきなり木剣で殴りかかるのは百パーセント桃子に非があり、弁明のしようもない。

「あかん。こいつアレや! ポリに捕まっても無罪になるやっちゃ!」

「兄貴、どないしましょ?」

「そんなもんきまっとるやないか。この手の輩は親かてもて余しとんのやろ。それによく見てみい。性格はアレやがツラはペッピンさんや。ワシらが世間の厳しさっちゅーもんを教育してやらんとあかん」

 ゴロツキの顔がニヤニヤと弛緩し、桃子を見る顔つきが変わってゆく。

「ほんまや。兄貴の言う通りや」

「せやな」

 関西出身らしいゴロツキたちの意見が一致する。

 恐らくゴロツキたちは桃子を拉致監禁してこの場では言えないようなことをさんざん行った挙句、飽きたら海外にて売り飛ばすなどの皮算用をしているようだ。

「どうやら一撃では“鬼”を祓えなかったようね。完全覚醒までまだまだかかりそうだけど、私は負けない。戦いの中でこそ覚醒のチャンスがあるはず」

 木剣を上段に構える桃子にはスキが無かった。

 喧嘩慣れしているゴロツキには桃子の力量が分かるようで、迂闊に手を出せないでいる。


 忘れ去られた感がある健一だが、彼は誰にも気付かれないよう起き上がり、路地の塀にもたれかかって事の成り行きを見守っていた。

 いまならこの場から逃げることも可能だった。

 ゴロツキが一言「なに見とんじゃいワレ」とでも言ってくれれば「サーセン」と頭を下げながらこの場を立ち去ろうと考えていた。

 間違っても桃子の仲間だとは思われたくなかった。

「ねえケン。さっきからなにをボーっとしてるの? 背後に回り込んで不意打ちするとか、鬼をはがい絞めにして『オレごと貫け~っ!』とか言えないの? それくらいの機転を利かせる頭もないの? バカなの? 犬以下なの?」

 馬鹿はお前だと健一は言いたくなったが、ゴロツキたちの視線は健一を捉え、彼も桃子の仲間なのだとその脳裏にインプットされた。

 犬飼健一の災難はまだ始まったばかりだ。

 これはまだ最初の一歩。序の口に過ぎない。



    *******


 ゴロツキと衝突が勃発する一時間ほど前――。

 この日は週番の活動で、犬飼健一は帰りが遅くなってしまった。

 普段は二人一組で週番の雑務を行うのだが今日は相方が風邪で欠席してしまったので、一人で週番の仕事を行うことになり、少しばかり遅い時間に下校することになったのだ。

 部活動を行っている生徒は居るが、彼らはまだ練習を行っている。

 帰宅部連中はとっくに帰っており、帰宅時間としてはかなり中途半端な時間帯で、学校から帰宅しようとする生徒は、健一ただ一人だけだった。

 それがいけなかったのかもしれない。


「あなた、二年三組の犬飼健一くんでしょ?」

「はい?」

 正門前で健一は突然声をかけられた。

 声をかけてきたのは、学校で知らない者は居ないと断言できる有名人の陣羽織桃子という女生徒だった。

 有名人といっても余り良い意味での有名人ではない。

 容姿端麗、成績優秀というところまでは問題ないのだが、それに加えて自由奔放、慇懃無礼、眼中無人、傍若無人、唯我独尊、電波上等という言葉が彼女にはよく似合う。

 枝毛ひとつない美しい光沢を放つ黒髪は、腰近くまで伸びており、一本一本が絹のようになめらかに伸びており、リポンや髪留め等の装飾は一切無いにも関わらず、綺麗に纏まっていた。

 前髪を揃えて切ってあるが、目鼻立ちが整っているので、余計美人度が増している。

 スタイルも良く、釣鐘型の胸にくびれたウエスト、ひきしまった臀部に長い手足と、欠点を見付ける方が難しかった。

 陣羽織桃子が有名人なのは、美人で成績が良いからではない。

 それも一因であることは間違いないが、彼女を有名人たらしめているのは、重度の中二病をこじらせていることであり、しかもなまじ話術巧みなため、まともに相手をするとその中二ワールドに引きずりこまれ、精神汚染を引き起こす恐れがあった。

 事実、陣羽織桃子の精神汚染によって、現実と虚構の区別がつかなくなり、入院してしまった人物が発生してしまったくらいだ。

 そのため、陣羽織桃子と二人きりで一〇分以上会話することは学校というか生徒間のローカルルールで禁止されていた。

 その陣羽織桃子が自分の名前を知っていることに、健一は軽く恐怖を覚えた。

 一年、二年とクラスも異なり、どこにも接点は無く、会話するのは今日が始めてだった。

 もっとも彼女の記憶力を駆使すれば、全校生徒の名簿を覚えることくらい朝飯前だろう。

 問題はその覚えるための情報をどうやって入手したのかの一点に尽きる。

 それが健一には恐ろしかったのだ。


「ご存じかもしれないけど、私は二年一組の陣羽織桃子よ。よろしくね」

「あ~うん。始めまして陣羽織さん」

 ここで名前を知ってるとでも言おうものなら、前世がどうのとか言われかねないため、慎重に言葉を選びながら健一は返答する。

「あの、犬飼くんはお団子とか好きかな?」

「団子?」

「うん」

 屈託のない笑顔で桃子が答える。

 その仕草はとても可愛いらしく、とても電波だの中二病患者だと言われている人物とは思えなかった。

 人の噂なんていい加減なもので、実際は普通の子なのかもと健一は思い始めていた。

 ハニートラップという言葉とその意味を健一は知っていたが、今現在、自分がその術中にはまりつつあるという事を自覚できるほど、彼の人生経験は豊かではない。

「えっと。団子だよね。うん。団子は嫌いじゃないよ」

「ほんとう!」

 なぜ団子が好きなくらいでこんなにも瞳をキラキラと輝かせることができるのだろうと健一は疑問に思ったが、可愛いのでどうでもよくなった。

 思えばこの時にもう少し疑っていればと悔んだのだが、それは後の祭りである。

「あのね。調理実習でお団子を沢山作ったんだけど、ほら私って友達いないでしょう」

「えっそうなの?」

 知っていたが、あえて知らないフリをする健一。

「うん。そうなの。私ってちょっと暴走しちゃう癖があるらしくって、皆をドン引かせちゃうみたいなの」

 自虐を込めた口調で桃子は呟く。

 桃子は自分のことをある程度は自覚しているらしい。

 無自覚な電波よりはマシなんじゃないかと健一は少し警戒心を解き始めていた。

「そうなんだ。でもいま喋ってるだけだとそういう風には見えないけど。色々と誤解があるんじゃないかな?」

「嬉しい! そういってくれるのは犬飼くんだけだわ。ありがとう」

 桃子が健一の右手を両手で包むように握る。

「い、いえ、どういたしまして」

 女の子の柔らかい手の平の感触に、健一は一瞬でのぼせ上がった。

「それでね。話は戻るんだけど、調理実習で沢山お団子作っちゃったのはいいけど、貰ってくれるような友達がいないの。こういうのって持って帰ったり自分で食べるのって屈辱的だと思わない?」

 いくら健一が鈍くても、ここまで言われると、これはもう貰って下さいと暗に言ってるようなものだということくらいは分かる。

「その。くれるっていうのなら貰うけど?」

「本当に? 犬飼くん貰ってくれるの!」

 眩しいくらいに煌めいた桃子の笑顔が健一の顔に近付く。その距離三〇センチ。

「お、大袈裟だな。陣羽織さんみたいな美人が作った団子なら、むしろ下さいってお願いしたいくらいだよ」

「本当に欲しい? 貰った後で捨てたりしない?」

 さらに一歩踏み込んでくる桃子。仄かに頬が朱に染まっている。その距離二〇センチ。

「あ、当たり前だよ。そんなひどいことするような奴に見える?」

「もちろん見えないわ。それで本当に、本当にお団子が欲しいの?」

 もう一歩踏み込んでくる桃子。割と真剣な表情。その距離一五センチ。

「う、うん。余ってるなら……」

「犬飼くんがお団子欲しがってるのよね?」

 限界まで踏み込んでくる桃子。かなり真剣な表情。その距離僅か一〇センチ。

 なんだか雲行きが怪しくなってきた。

 ここは断るべきだろうと健一は思ったが、時すでに遅かった。

「いや、よく考えたらお腹いっぱ……」

「はいどうぞ!」

 健一の言葉を遮るように、桃子は絶妙なタイミングで巾着袋を突きだす。

 これはもう受け取るしかなかった。

「あ、ああ。ありがと」

「あのね。いますぐ食べてくれると嬉しいな」

「いま食べるの?」

「うん。感想とか聞きたいし。だめかな?」

 可愛い女の子に上目使いでそう言われ、断れるほどのスキルを健一は持ち合わせてはいなかった。

「まあいいけど」

 健一は巾着袋の中に手を入れ、ラップに包まれた団子を取り出す。

 山吹色の団子で、餡子やきな粉などはまぶしてない、ごくごく普通の団子だった。

 流石に毒は入ってないだろうと思い、健一はラップから団子を取り出して口に含んだ。

 僅かに甘みのある普通の団子で、不味くはないが美味いというほどでもない。

「どうかな?」

「うん。まあまあ美味しいよ」

「それはよかったわ。ところで犬飼くん」

 当たり障りのない感想を漏らすが、桃子にとって団子の評価などどうでもよかったらしい。

「なに?」

「犬飼くんの名前は健一って言うんだよね」

「そうだけど?」

 団子を咀嚼しながら健一は答える。

「そっか。それじゃ、これからは犬飼くんのことをケンって呼ぶね。いいかな? いいよね?」

「ケンって? ゲホッ! ゲホッ!」

 いきなり犬飼くんからケンという愛称になってしまった健一は、驚きと戸惑いのため喉に団子が詰まってしまう。

「大丈夫? しっかりしてよね。もうケンったらあわてん坊なんだから~」

 桃子がハンカチを取り出して、健一の口の周りを拭いてくれる。

 その口調は心なしか砕けてきたというか、馴れ馴れしくなっていた。

「あのさ、何か企んでるよね? どういうことかな?」

「うふふ、それはね」

 待ってましたとばかりに桃子が長い髪の毛をかきあげてかぶりをふる。

「いままで誰にも話したことないんだけど、ケンは私と同じだから特別に教えてあげる。実は私、桃太郎の生まれ変わりなの」

 ドヤ顔で桃子がそう言い放った瞬間。これまで一連のやりとりで団子を食べてしまった健一は激しく後悔し、自分の軽率さを呪わずにはいられなかった。

「陣羽織さんが桃太郎の生まれ変わり? それじゃひょっとしてオレは……」

「ええそうよ。察しがよくて助かるわ。ケンは桃太郎伝説における最初のお供である犬の生まれ変わり、つまり犬から人へ輪廻転生した姿なの」

 やられた。失敗した。

 そう健一が悟った時、事態はもう取り返しのつかないことになっていた。

 健一は陣羽織桃子の中二病ワールドに捕らわれてしまった。

 団子(恐らくきび団子)を食べたという行為が、健一に言い訳を許さない状況になってしまった。

 もう逃げられない。


「待ってくれ陣羽織さん!」

「どうしたのケン」

「どうしてオレなんだ? そう思った根拠というか理由を説明してくれ」

 健一はなんとなく理由は分かっていたが、それでも桃子の口から聞きたかった。

 その下らない理由を聞いたなら、そんな理由があるかと逃げることも可能かもしれなかったからだ。

「だって、犬飼って苗字だけでもすごいのに、健一って名前でしょう? 健(犬)に一(ワン)よ。犬飼ケンワンよ? これはもうケンの両親が狙って付けたとしか思えないわ。多分ケンが桃太郎の家臣である犬の生まれ変わりだって分かってたんだと思うの」

 予想してたのと寸分違わぬ答えだったにも関わらず、余りに予想通り過ぎたので健一はガックリしていた。

「陣羽織さんが桃太郎の生まれ変わりなのも名前のせい?」

「そうよ。名は体を表すって言うでしょう。私もケンもそういう運命だったってこと」

 全国の陣羽織桃子さんと犬飼健一くんに全力で詫びなければならないなと健一は思ったが、陣羽織桃子なんて名前はなかなか居ないよなとも思った。

「それじゃ残りのお供は“猿なんとか”とか“雉なんとか”って苗字の奴なんだな」

「すごい! やっぱりケンは本物ね。私もそうだと思って全校生徒の名簿からそれらしい苗字の人が居ないか探したんだけど、この学校には居ないみたい。でもそんなすぐに見付かっても面白くないわよね」

「ちなみにオレの他に犬が付く名前の奴いなかったの?」

「ええ居たわよ。確か三人くらい」

「そいつらには声をかけなかったのか?」

「あの人たちは違ったわ……」

 少し拗ねた口調で桃子が呟く。どうやら断られたのだろう。

「断られまくってオレがラストだったっけわけかよ。名前に犬が付けば誰でもよかったんじゃないの?」

「ち、違うわよバカ! ケンは勘違いしてるわ」

「勘違いってなんだよ」

「私の審美眼があの人たちじゃないって告げてたの。でもケンを見た瞬間、この人だって思ったの。声をかけたのも、ケッ、ケンが最初なんだからっ!」

「審美眼ねえ。要するに他の“犬”候補連中の容姿が陣羽織さんのタイプじゃなかったってことじゃないの?」

 健一は皮肉を織り交ぜた冗談のつもりだったが、当の桃子は驚いた表情のまま沈黙してしまった。

 どうやら図星だったらしい。

「……ま、まあそうとも言うわね。だから私に認められたケンは喜んでいいのよ」

「否定しないのかよ!」

 だが、そう言われると健一も悪い気はしない。

 美人で中二病。この場合かなり重度の中二病のため、天秤のかける美人という付加価値が少しかすんで見えるが、それでも美人に認められたのは正直嬉しかった。


 そもそも健一はそこそこ整った顔立ちをしており、気配りもできる良い奴なので、彼女こそまだ居なかったが、普通に女友達だって居るリア充だ。

 ここで美人とは言え、怪電波を送受信しまくりの中二病患者に関わるということは、普通の女友達との決別を意味するだろう。

 女性のコミュニティというかグループ派閥は恐ろしいもので、健一が桃子とつるんでいると知れたら、彼女らは自分たちか桃子かの選択を健一に迫るだろう。

 どちらとも仲良くなんて選択肢は選べない。

「納得したかしら? それじゃあ行きましょう」

「え? 納得って、何に対して? そもそも何処に行くんだよ」

「そんなもの決まってるじゃない」

「決まってるって……」

 健一はその先の台詞が分かってるだけに、聞きたくは無かった。

 できればそのまま桃子を置き去りにしてダッシュで帰りたかったが、この手のタイプは逃げても追ってくるし、たとえ一時的に逃げ切れたとしても、また後日やってくる。

 この手の輩から逃れるには、完全に諦めさせるしかない。


 手っ取り早いのは役立たずと思わせることだ。

 健一を桃太郎のお供である犬の転生と言うのであれば、役立たずっぷりを発揮すればいい。そうすれば桃子も健一が見込み違いだったと諦めるだろう。

 かなり屈辱的な方法ではあったが、これが一番効率のよいやり方だろう。

「……というわけで鬼退治よ。さあ鬼退治に行くわよ」

「なんで二回言った」

「大事な事だからに決まってるじゃない」

「そもそも鬼なんてどこにいるんだ?」

「大丈夫よ。だいたいの目星はつけてあるの。行けばわかるわ」

 こうして健一は桃子のお供として(実際は後に続いて歩いているだけだが)鬼退治に向かった。

 そうして寂れた歓楽街にて、桃子は標的となる“鬼”を見付け、剣道の竹刀を入れる袋から木剣を取り出し、予告もなしに背後から斬りかかったのだ。

「覚悟しなさいっ!」

「な、なにすんじゃいワレ!」

 健一の顔から血の気が引いたのは言うまでも無い。

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