第5章「二人の時間」

第44話「また会う日まで」



「寂しいのか?」


 助手席からアレイが真紀に尋ねる。タイムマシンはワームホール内を問題なく運行している。そんな中、真紀は何やらまだ不安を抱えているようだ。真紀はうつむきながら答える。


「うん……満君はきっとまた会えるって言ってたけど、やっぱり難し過ぎるよ。次会うには、あと84年も生き延びなくちゃいけないんだもん」


 満が真紀の記憶を保持していられることになり、一つの希望ができた。未来での再会だ。実際に満と真紀は未来で再会することを約束した。彼ははっきりと「また、いつか会おう」と述べた。

 真紀はタイムマシンで84年を数十分で飛び越えるため、この後すぐに会うことができる。しかし、そのためには満が84年間生き続けることが必要だ。


 そんな途方もない時間を、果たして満は生き延びることができるのだろうか。


「本当に私、また満君と会えるのかな……」

「何だ真紀、満君のことを信用していないのか?」

「え?」


 真紀はアレイの顔を見る。


「好きなんだろ? 満君のこと。好きな人のことを信用しなくてどうする。満君だって真紀のことを好きだと言ってたじゃないか。彼の気持ちは本物だ。だから、真紀のためなら何だってしてみせるだろう。今までだってそうだったじゃないか」


 アレイの優しい語りかけにより、真紀の心から少しずつ不安が取り除かれていく。そうだ。自分だってあの時「また後でね」と言ったではないか。世界で一番彼のことを愛している自分が、彼のことを信じてやらないでどうする。


「満君はそんな優しい人間なんだ。僕は彼のことを信用しているよ」

「私だって……」


 愛が隣から割り込んできた。


「私だって信用してるわ。真紀のことをあんなにも愛してくれる優しい人なんだもん」

「だから真紀、満君のことを……信じてあげよう」

「パパ……ママ……」


 二人は真紀に微笑みかける。この時空難破の経験を通じて、神野家の絆もより深まった。決して元から仲が悪かったわけではないが、一つの苦難を乗り越えてより強くなったと言えよう。


「な? 前橋もそう思うだろ?」

「ノーコメントで」

「おい! そこは賛同するところだろ!」


 機内は割と賑やかだ。真紀は黄色いトンネルを眺めながら、心に引っ掛かった不安を完全に払い除けることに集中した。まだ元の時代に戻るには時間がかかりそうだ。それでも、満に再会できることの希望が、真紀にも見え始めてきた。


「頑張って……満君……」




   * * * * * * *




 楽しい時間があっという間に終わってしまうと感じさせられるのは、もう何度目だろう。真紀との出会いと別れを経験してから、より多くなったような気がする。あれからもう一年半経ったのだ。


「嫌だぁ~! もう卒業なんて嫌だぁ~!」

「じゃあ留年すんのか?」

「それも嫌だぁぁぁ~!!!」


 泣きじゃくる綾葉ちゃん。涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになっている。綺麗な顔が台無しだ。今日は僕らの高校の卒業式だから、涙を我慢しろっていう方が無理な話だけど。


「ほらほら泣かないの……もう……大人なん……ぅ……だからぁ……」


 美咲ちゃんがハンカチで綾葉ちゃんの顔を拭くが、美咲ちゃんの目も涙でいっぱいだ。


「うぅぅ……美咲ぃぃぃぃぃ!!!」

「綾葉ぁぁぁぁぁ!!!」


 二人はぎゅっと抱き合った。互いの髪に涙と鼻水が絡まって美しく汚れていく。


「くぅ~! 最後にいい百合っぷりを見せてくれるじゃねぇか!」


 相変わらず裕介君は訳のわからないことを言ってばっかりだ。でも、そうやって僕達を楽しませてくれたお陰で、毎日退屈しない日々を送ることができた。他のみんなにも本当に感謝している。


「よし! 最後に全員で写真撮るか!」

「いいわね! それ!」


 僕達は正門の前にある卒業式の看板の前に並んだ。みんなの制服の胸ポケットには、在校生から送られたピンク色の可愛い紙花が咲いている。本当に僕達は卒業してしまうんだ。


「みんな~、いくよ~」


 写真を撮るのは僕のお母さんだ。息子の最後の晴れ舞台を見ようと正装でやって来た。そういえば、お母さんもあれから少し変わったな。いや、チャラチャラした男にナンパされたり、痴漢されたり、心配なところはまだまだあるが、前よりかはましになった。多分。


「はい、チーズ!」


 パシャッ

 スマフォのカメラのシャッターの音が響く。みんなはレンズに向けてピースをした。僕も精一杯の笑顔を向けた。最後に最高の思い出ができてよかった。


「満君のママ、ありがとう!」

「いえいえ~」

「それにしても、俺達ももうバラバラだなぁ……」


 裕介君はサッカー選手、綾葉ちゃんはファッションデザイナー、広樹君は建築士、美咲ちゃんはパティシエールと、目指す夢はみんなバラバラだ。そして僕は……まだ決まっておらず、とりあえず少し離れた大学の経済学部に行くことにした。


「それじゃあまたな! お前ら!」

「えぇ! また会おうね!」

「たまには連絡してよね~」

「頑張れよ~」


 みんなは家に帰る。それぞれの夢へと一歩を踏み出す。照りつける太陽の光は、やはり僕らを祝福していた。


「またね~!」


 僕はみんなに手を振りながら、お母さんと一緒に帰った。






「満、手……繋いでもいい?」

「え?」


 家までの住宅街の道のりの中、お母さんがふと呟いた。


「うん、いいけど……」


 僕はお母さんの左手を取り、優しく握った。お母さんの手はとても小さくて、これまでの18年間、懸命に息子を育ててきたようなたくましい手には見えなかった。こんな小さな手で、今まで僕のこと……。


「大きくなったね……背だって、もうお母さんが負けてるわ」


 お母さんは右手で僕の頭を優しく撫でた。僕はいつの間にお母さんを見下ろすほど大きくなったんだろう。自分の成長スピードに自分自身が驚いている。


「あの頃はまだ小さかったのに、それがいつの間にかこんなに大きく育って……」


 お母さんの目には涙が浮かぶ。今日は何かと涙を誘うことが多い。それが卒業式というものか。


「お父さんも天国で喜んでるわね」

「そうだね……」


 お母さんには今まで本当にお世話になった。お父さんが亡くなった後も、僕のために一生懸命働いてくれた。いつでも僕のことを見守ってくれた。生きている間に恩を全て返せるか不安なくらい、感謝で胸がいっぱいだ。


「お母さん……ありがとう」

「あらあら、男の子が泣いてどうするの」

「そんなの……関係ないよ……」


 僕は唐突に出てきた涙を拭い、お母さんは手を繋ぎながら歩いた。お母さんとはいえ見た目がアレなので、端から見れば恋人同士に見えることだろう。

 だが、勘違いしないでほしい。これはあくまで親子愛の形だ。僕の恋人は別にいる。時間も距離も遠い場所にいて、僕が来るのを待っている。僕は未来に出会うために今を生きているんだ。




 真紀に出会えるまで、あと83年。








「まさかこんな早くに会うとはな……」

「だって、1年半も会ってねぇんだぜ!? 俺もう寂しくて寂しくて……」


 次に裕介君達と会ったのは、更に一年半後だった。僕達は二十歳を迎えた。急に裕介君が会いたくなったと連絡を寄越し、初めてのお酒を交わすついでに会うことにした。

 女性陣も誘ってはいたのだが、綾葉ちゃんも美咲ちゃんも、都合が会わないために来られなかった。


「ていうか、なんで綾葉達来ねぇんだよ! 嫌だよ! むさ苦しい男ばっかで、華が無ねぇよ……」

「じゃあ帰っていいか?」

「それも嫌だ! うあぁぁぁぁぁ!!!」


 涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになる裕介君。相当日頃のストレスか溜まっていたのだろう。その勢いで日本酒をイッキ飲みする。早くも酔いつぶれちゃったかな。


「最初から飲み過ぎだぞ」

「なんか今の裕介君、卒業式の時の綾葉ちゃんみたい」

「ひっく……あ、そうだ。お前ら……」


 酔った勢いで、裕介君はぶっ飛んだ話題を繰り出す。


「今度合コン行かねぇか? 合コン!」

「はぁ?」

「サッカー仲間の友人に誘われてよぉ~。俺達もそろそろ彼女つくらねぇとヤバいだろ」


 そういえば、大学の友達も早々と彼女を作っていた。なんだろう、自分のステータスを高めておきたいのかな? やたらと彼女とのデートの写真を見せつけてくる友達もいたし……。


「なぁ、行こうぜ~」

「俺はいい」


 きっぱりと断った広樹君。いつもの彼なら嫌な顔をしながらも、何だかんだで付き合ってくれていたのに。どうしたんだろう。


「なんでそんなきっぱりに!?」


 裕介君もそのことに不信感を抱いたらしく、理由を問う。


「俺……実は好きな奴いるから」

「え?」


 さらっと驚愕の事実を述べる広樹君。まさか、彼に好きな人ができるとは。まぁ、僕ができたのも意外だったけど。


「谷口美咲……あいつだよ」


 まさかの名前まで教えてくれた。しかも知ってる人だ。ずっと一緒に過ごしてきたから。久しぶりに、いつも綾葉ちゃんの背中に隠れていた小さな美咲ちゃんの姿が思い浮かぶ。


「広樹君……美咲ちゃんのこと好きだったんだ」

「あぁ……」

「なんだ、だったら高校ん時に告白でもすれよかっただろ」

「あの時は……まだあいつのことが好きだって、自分でも気がつかなかったんだよ」


 僕と同じだ。恐らく、僕も真紀と出会って早いうちに真紀のことを好きになっていたのだろう。でも、それに気がついたのは、真紀が未来に帰る前日だった。遅すぎるなぁ……。それにしても、恋心というのはそんなに気づくのが遅いものなのか。


「まぁいいや、応援してるぜ。それじゃあ満……」

「悪いけど、僕もいいや」

「ナニィ!? 満まで断ってくるだと!?」


 僕には真紀がいる。真紀が未来で待っている。裕介君には申し訳ないけど、こんなところでうつつを抜かしているわけにはいかない。


「ごめんね。でも、僕の運命の人は合コンなんかじゃ出会えないからさ」

「はい? まぁ、いいか。お前らがそう言うなら、俺も行くのやめるかな~」


 やめちゃっていいんだ(笑)。でも、そこが何だか裕介君らしいな。


「実は俺もな、綾葉のこと気になっててよぉ……」


 裕介君は綾葉ちゃんが好きなのかぁ。友情から愛情に変わる、それが恋だったりするのかな? 今の僕でもまだ分からない。とにかく恋というものは、人をいい意味でも悪い意味でも変えてしまう。それがなんとも面白い。面白さが分ってよかった。




 真紀に出会えるまで、あと81年。




 僕は僕らしく今を生きている。真紀と再び会うために、彼女への愛を大事に取っておく。大丈夫、僕は忘れない。残り81年、僕は絶対に生き延びて、真紀のいる未来を迎えるんだ。


「待っててね、真紀。必ず会いに行くから……」


 飲み会が終わり、僕は誰もいない商店街の夜道を一人歩く。時を越える力が無くても、僕は真紀に会える。絶対に会ってみせる。




 君を愛する気持ち、それこそが僕のタイムマシンだ。


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