第21話「迎えた朝」
時刻は午前6時31分。朝食の時間だ。満と真紀は眠気を引きずりながらリビングへ向かう。兄妹のように揃ってやって来る二人を、咲有里は微笑ましく眺める。
「ん~♪ 朝食も美味しい♪」
食卓では、すでに愛とアレイが朝食に手をつけていた。今日の朝食はハチミツをかけたパンケーキとレモンティー。全て咲有里が早起きして用意したものだ。真紀は美味しさのあまり溢れ落ちそうな頬をしっかり押さえる。
「あれ? そういえばお母さん仕事は?」
「今日はレストラン臨時休業なの。店長さんが風邪を引いたらしくてね」
「そうなんだ」
仕事が無くなったにも関わらず、朝早くに起きて朝食を作ってくれたことに、満は深く感謝する。口の中で母の優しさが甘味と共にとろける。
「咲有里さんはレストランで働いているんですか?」
レモンティーを啜りながら、愛が咲有里に尋ねる。母親同士の
「はい。レストランのキッチンで料理を作ってます」
「あぁ、やっぱり……」
神野一家は咲有里の料理の腕に納得する。そこのレストランに行ってみたいと、真紀はパンケーキを頬張りながら心の中で思った。しかしこの家にいれば、いつでも咲有里の料理が食べられることに改めて気づき、安心する。
「満は今日から二学期よね」
「うん。まだ時間あるから大丈夫だよ」
「遅刻はしないようにね~」
「は~い」
満は朝食を終え、部屋に戻って学校の制服に着替える。真紀は咲有里から私服を借り、別室で着替える。さすがに着替えまで一緒というわけにはいかない。当たり前である。
「これでよし」
ガチャッ
真紀が着替えを終え、部屋に戻って来た。この時代に漂流した際、着替えを持参しなかったため、咲有里の私服を貸してもらうこととなった。
「私もできた~」
「僕もできたよ」
「ねぇ、そういえば今日何日?」
「え?」
満は壁にかけてあるカレンダーを確認する。ずっとプチクラ山で過ごしていたため、月日があやふやになっている。
「9月2日。月曜日だよ」
「嘘!? てことは、夏休み終わっちゃったの!?」
「はい?」
真紀がこの時代に来る前。つまり、本来真紀が暮らしていた時代で、真紀がタイムマシンに乗って過去へ出発した日付は、7月28日の土曜日だ。
未来にも学校は存在し、その夏休みの期間中にタイムマシンを飛ばした。そして、真紀はこの時代に流れ着いた。
今の日付が9月2日。真紀の視点から見れば、一瞬にして夏休みが終わったように感じたということだ。
「私の夏休みは一体どこへ行ってしまったのよぉぉぉぉぉ~!!!」
「いや、真紀は未来の学校に通ってたんでしょ。この時代には真紀の通う学校は無いよ」
「分かってるわよ、ボケただけ。てことは、学校に行かないわけだから、私は実質カリスマニートということね!?」
「何それ……」
満は机の隣にある本棚から昨日のスケッチブックを取り出し、学校鞄に入れる。今日から学校が始まるということもあり、いつもの真紀の謎のテンションに付いていくことができす、鈍くなっている。
「じゃあ、行ってくるね」
「行ってらっしゃ~い」
「……家で大人しくしてるんだよ?」
「分かってるわよ」
心配になりながらも、満は部屋のドアを閉め、階段を下りる。満の足音が遠ざかって聞こえなくなったところで、真紀は満の部屋を見渡す。
「男の子の部屋に来て、やることといえばアレよね!」
真紀は本棚を探る。本を一冊ずつ取り出し、棚の奥を確認して丁寧に戻す。全ての本を出し入れするまで繰り返す。アレが無いことを確認すると、探し場所を変える。
「無いわねぇ……」
次にベッドの下を確認する。ベッドの下は引き出しになっており、畳まれた衣服が積んであった。その間も確認するが見当たらない。まれに満の下着を見つけてしまい、頬を赤らめる真紀。引き出しの中でも見つからない。
「無いわねぇ……エロ本」
男の子の部屋には必ずエロ本が隠されていると、信じてやまない真紀。考え方が実に楽観的で、本当に技術も思想も卓越した未来人なのか疑わしい。
「うーん、やっぱり無いわねぇ……」
エロ本など見つかるわけがない。なぜならここは満の家であり、満の部屋であるからだ。エロ本探しに飽き、真紀は階段を下りて一階へ向かう。
「何なりと申し付けください!」
真紀が階段を下りていると、一階から愛の威勢のいい声が聞こえてきた。愛やアレイも普段は仕事に出掛けているが、今は異なる時代へ漂流してしまっている。この時代で働く場所などないため、必然的にやることが失くなる。
「じゃあ、お風呂のお掃除をお願いします」
「分かりました!」
しかし、だからと言って何もせず過ごすことは勿体無いため、同じく一日暇となった咲有里の家事を手伝う。彼女から洗剤とスポンジを受け取り、愛は風呂場に駆け出す。昨日からやけにノリノリだ。
「えっと、僕は散歩に……」
「はい、行ってらっしゃい♪」
アレイは玄関から外へ出ていった。行き先は真紀でも分かった。アレイは今すぐにでもタイムマシンを修理する必要がある。謂わば、それが今の彼の仕事だった。咲有里はアレイを見送った後、雑巾で風呂場前の廊下の床を磨き始めた。
「うーん」
真紀は自分も何か手伝うべきかと悩んだ。しかし、不器用な自分が介入して仕事が進まなくなっては反って迷惑だろうと、邪魔にならないようにリビングで大人しくしていることにした。
「ん?」
すると、リビングに向かう足が突然止められた。まるで見えない力に吸い付けられてしまったように。見えない力はそのまま真紀の視線を操り、玄関の方へと向けさせた。
「あの部屋……」
真紀の興味を引き寄せ、向かわせたのは和室だった。この家に初めて足を踏み入れた際、玄関の横で見かけた。普段は襖が閉められている。落ち着いた空気が待っていることを、開けなくても感じ取ることができる。
ここに用はない。しかし、きびすを返そうにも、足は動かなかった。何かが、誰かが中で待っているような気がしたのだ。
スー
真紀はゆっくりと襖を開け、和室の中に足を踏み入れる。和室の中はがらんとしていた。冬物の衣装が詰められているであろうタンスが、いくつか並べられているだけだ。落ち着きはするものの、何とも殺風景な空気だ。
だが、未来人にとっては和室は非常に新鮮だった。建築技術が進歩すると共に、日本の雅を楽しむ趣向が薄れてしまった。近未来風の建物に囲まれた日本の中、和室のある物件は少ない。
「あっ」
一歩ずつ部屋の中央へと進んでいくと、ある物を見つけた。部屋の奥に置かれた、ひときわ存在感を放つ物だ。
「これは……」
そこには、ぽつんと一つの仏壇が置かれていた。和室が珍しい存在として認知している未来人にとって、仏壇というものもかなり物珍しい代物だ。真紀も歴史の資料で何度か見ただけであり、実物を観るのは初めてだ。
そして、ゆっくりと壁の上部を見上げると、一枚の遺影が飾られていた。これが和室の落ち着いた空気を作り出しているのではないか。そう思うほど、遺影に写った男は幸せそうな笑顔を浮かべていた。
「……」
男は幸せそうな笑顔を崩さず、しんとした和室を温かく見守っていた。
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