第35話「一線を越える」



「ん~! たくさん遊んだ~♪」



 園内のレストランで僕達は休憩している。お昼ご飯を食べ終えたところだ。ドリームアイランドパークのマスコットキャラクターで、アイラ君というアザラシをモチーフとしたキャラクターがいる。そのアイラ君の顔に似せたオムライスを食べた。


 食べ進めていく度にアイラ君の顔がケチャップと共に崩れていき、グロテスクだった。まぁ、そんなことはどうでもいいか。


「うん、ちょっと疲れちゃったよ」


 今は次のアトラクションは何に乗ろうかを検討しているところだ。お化け屋敷、コーヒーカップ、メリーゴーランド、色々乗った。最新鋭のVR技術を搭載した近未来コースターなんかもあったなぁ。

 真紀のいた未来にも、こういうのがあるのかな? それかもっとすごいやつが。とにかく楽しかった。疲れたけど……。


「何よ~、まだ全部乗ってないでしょ?」

「全部のアトラクション乗る気でいるの!?」

「当たり前じゃない! せっかく来たんだし。次もいつ来られるかわからないじゃない。全部制覇するわよ~!」


 すごい気力だなぁ。でも、真紀の言う通りかも。せっかく来たんだし、次はいつ来られるか分からない。アトラクションを全部制覇する勢いで楽しもうか。


「次行くわよ!」






 僕らは今、観覧車に乗る客の列に並んでいる。これが最後のアトラクションのはずだ。本当に全部回ってしまうとは思わなかった。まぁ、長者の列に毎度並んでいては不可能なので、別売りをしていた時間短縮できるチケットを買っておいて正解だった。

 

 おかげで長時間並ばずに進むことができ、パレードなどを除く全てのアトラクションを制覇することができた。その分、限りあるおこづかいが半分以上飛んでいったけど……。


 でも、僕自身もまだ乗ったことがないアトラクションに、真紀と一緒に乗ることができた。初めての経験がいっぱいあった。これも真紀のおかげかな。


「お待たせしました。ゆっくりお乗りください」

「行こ♪」

「うん」




「わぁ……夕日綺麗♪」

「そうだね」


 時刻は午後6時40分、園内は夕日に照らされて赤く燃えていた。ゴンドラの中から壮大な景色を眺める。しんとした空間の中、僕と真紀の二人きりで眺めるのだ。なぜか心臓の鼓動が高鳴る。


「……真紀」

「ん? どうしたの?」


 真紀がこちらを振り向く。あれ? なんで僕、真紀の名前を呼んだんだろう? 特に用なんて無いのに……。


「満君?」

「あ、えっと、この後イルミネーション見に行かない? 7時30分から中央広場で点灯が始まるんだ」

「ほんと? 行く行く!」


 よかった。イルミネーションをやることを思い出せてよかった。何とか話すことを作ってその場をしのげた。真紀も乗り気みたいだし、助かった。




「楽しみだね!」


 


 この時、僕の中の時間が完全に止まったように感じた。無意識に自分で止めておきたかったのかもしれない。この真紀の最高に美しい笑顔を、夕日に照らされた素敵な笑顔を、そのまま留めておきたかったのかもしれない。不思議な気分だ。だが、心地よい。


「……///」


 鏡を見なくても、自分の頬が赤く染まっていることが分かる。それを夕日のせいにすることができないことも。もういい加減認めよう。流石の僕でも、自分の気持ちが理解できた。いつから始まったのだろうか。この初めての感情は。




 僕は真紀に恋をしている。真紀が好きだ。






 観覧車のゴンドラから降りた時、夕暮れ時はすでに終わっており、辺りは暗闇に包まれるところだった。所々明かりがついてはいるが、中央広場付近はイルミネーションの点灯の時刻までは真っ暗になるようにしている。


「えっと、中央広場は……あっちだ!」


 ちょっとゆっくりしすぎてしまった。もうすぐイルミネーションの点灯が始まってしまう。僕は真紀の手を引いて走る。彼女を転ばせないよう、細心の注意を払いながら。


「あっ……///」


 真紀の顔が一瞬照れているようにも見えたが、この時の僕はそれに気づかなかった。すぐに前を向いてひたすら走った。


「着いた~」

「うわ! ここもすっごい人ね~」


 なんとか時間には間に合った。やはり人がいっぱいだ。中央広場には大きな噴水があり、その真ん中には大きな木がそびえ立っている。目を凝らして見てみるとイルミネーションの装飾品がかけられている。そこから明かりが灯っていき、広場全体へと広がっていく感じか。


「楽しみね~♪」

「そうだね」


 その神秘的な光景を一目見ようと、大勢の客が集まってきたようだ。来客の大半は来てるんじゃないかな。まぁ、一日の終わりを締めくくる一大イベントみたいなものだから当然か。僕自身も、このイルミネーションはまだ見たことないから非常に楽しみだ。


「あ、あそこ。ベンチ空いてるよ。座って見ようか」

「そうね」


 奇跡的に空いていることに誰も気づいていないベンチを見つけた。今日はたくさん歩いた。真紀もだいぶ疲れているだろう。少し休ませてあげよう。僕も疲れちゃったし。


「よいしょっと」

「明かりがないと暗いわねぇ~」


 確かに暗い。客の携帯の明かりが転々とついており、大勢の人数がこの場に集まっているということだけ確認できる。




『皆さん大変お待たせしました! まもなくイルミネーションの点灯を執り行います!』


 中央広場に設置されているスピーカーから、クルーの声が聞こえた。客の群衆は歓喜の声をあげる。


「キタァ~!」


 真紀も身を乗り出して反応する。


『それではカウントを始めます! 10……9……』


 もう始めるのか。確かに時間通りだが、心の準備がまだだ。一回深呼吸を……。


『8……7……』


 ふぅ、落ち着いた。奇跡を迎える準備はできた。周りの客は、スピーカーから聞こえるクルーの声に合わせて大きな声でカウントダウンをする。


『6……5……4……』


 隣に座っている真紀も、声を合わせてカウントダウンをする。僕も声を出してやるか。さぁ、点くぞ。


『3……2……1!』




 その瞬間、木の天辺にあるドリームアイランドパークのマスコットキャラクター、アイラ君の大きなオーナメントが最初に黄色く光り、その光りが徐々に下へとレース状に広がっていく。

赤、オレンジ、青、緑、様々な色を施しながら、あっという間に、辺りは幻想的な空間へと姿を変えた。ドリームアイランドパークという名前の通り、夢のような見事な景色だった。


 周りの客の顔も確認できるようになった。みんな目の前の奇跡の光景を見て口が開き、心を奪われる。光に照らされたその笑顔が何とも素敵だ。


「わぁ~、すっご~い! とても綺麗ね!」

「あぁ、綺麗だ……」


 でも、この場にいる者の中で、真紀の笑顔が一番素敵だと思った。僕にはそう見えたんだ。自分の一番好きな人が、他の誰よりも素敵に見えるのは当然だ。








 僕らはずっとイルミネーションの光を眺めていた。ベンチに座って、一言も話さずにずっと。こんな素敵な景色を、真紀と一緒に眺めることができただけで幸せだった。彼女と一緒でないと楽しめなかったと、本気で言い切ってしまいたいくらいだ。


 時が経ち、閉園時間も近づく。周りの客はいつの間にか居なくなり、中央広場には僕ら二人だけになった。世界に僕らだけしか存在しないような、不思議な気分だ。


「今日は本当に楽しかった♪ 連れてきてくれてありがとうね!」

「いえいえ」


 真紀が僕に微笑みかける。君が楽しんでくれるなら、僕はいくらでも付き合うよ。どこにでも連れていってあげる。動物園でも、水族館でも、映画館でも、どこでも……。真紀と一緒に、もっとたくさんの思い出を作りたい。


「実はね……私、遊園地来たことなかったの。ていうか、私の時代に遊園地というもの自体存在しないから……」

「え? そうなの?」


 てことは、あれか。遊園地のこともあの消滅遺産図録に書いてあるのか。未来っていろんなものがあるイメージだったけど、無いものもあるみたいだ。つくづく興味が湧いてくる。それなら一層、未来には無いものをたくさん見せてあげたい。


「だから私、今日のこと、絶対に忘れない! 一生の思い出にするから!」

「僕も! このことはずっと……忘れ……な……い……から……」






「満君?」


 僕は衝撃の事実を思い出した。


「……」


 無理だ、忘れるのだ。真紀が未来に帰る時に。本来真紀の正体は過去の人間には知られてはいけない。たまたま知ってしまったが、いつか僕はそれを忘れなければいけない。そういう約束だったじゃないか。


 いつか消されてなくなるんだ。真紀と過ごした時間が、思い出が、恋心が……真紀に関わること……全部が……。


「無理だ。忘れなきゃ……いけないんだよね」

「……!」


 真紀も思い出したようだ。いつか僕が真紀達、未来人との記憶を奪われることになっていた約束を。どうしよう、瞳が潤んできた。涙が溢れ出してしまう。


「で、でも……忘れるったって、私もいつ未来に帰るか分からないし、だから忘れるその時もいつ来るか……」

「それでも!!!」


 僕は大きな声を出して、真紀の励ましを遮った。本当はそんなことしたくないけど、どうしても辛い気持ちが抑えられなくなってしまった。残酷な現実に圧迫され、心が張り裂けそうだ。


「いつかその時は来るんでしょ? 真紀は本来、この時代にいてはいけないんだから。真紀は未来人で、僕は過去の人間なんだから……僕らが一緒にいるのは……いけないことなんだから……」

「それは……その……」


 愛さんやアレイさんは、今も未来との通信を試みているに違いない。毎日タイムテレフォンを耳に当てているところを見ているのだから。それはつまり、未来に帰ることを諦めていないということだ。いつか真紀達は元いた時代へ帰る。僕にはそれはどうしようもない。僕に止める権利はない。


 本音を言えば、真紀とずっと一緒にいたい。だが、それは許されることではない。最初はそれを受け入れていたのに、今になって納得できなくなった。まだ心残りがたくさんある。心に渡されたたくさんの重荷が……。




「ねぇ、真紀」

「何?」


 ならば、今言うしかない。ずっと伝えたかったこと。声に出して言いたかったこと。真紀と出会って、初めて知ったこと。この感情のやり場を……。僕は右腕で涙を拭い、真紀の方へ向く。






「好きだ、真紀。君のことが」


 言ってしまった。僕はこの日、初めて「恋」という言葉の意味を、人を好きになるという感情を知った。


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