第9話 ティアネイドからの逃走劇

「ルナ、もう一度『完全探索パーフェクトサーチ』スキルを使ってくれ。念には念を入れたい」

「分かった。任せて!」


 ルスマスからそう言われたので再びスキルを使用した。すると……


『付近に多数の衛兵の反応を確認。この建物全体を囲むようにして25人存在、密集していて、隠蔽ハイディングスキルと探索サーチスキルを使用中の模様。その為発見されずに逃走することは現時点では不可能です』との結果が出たので、その事をルスマスに伝える。


「そうか。助かった…… よし! 皆戦闘準備して行くぞ!」


 そうして出発しようとした時、不意にとある事を思い付いた。


「ルスマス、少しだけ待ってて貰っていい?」


「ああ。大丈夫だが、いったい何を?」


「モード切り替えだよ」


「何だそれ??」


 そう言って再びスキルを使用し、語りかけてきた声にこう伝える。


(定期探索モードに切り替えをお願い。1秒ごとの情報更新で)


『了解しました。これより完全探索スキル、通常モードから定期探索モードへ切り替えます』


 このスキルには通常モードと定期探索モードがあり、通常モードだと探知した相手のステータスやスキルまで見ることが出来るが、目を閉じた状態で止まらないと使えない。定期探索モードだと、ステータスやスキルまでは見ることは出来なくなり、魔力を常に消費するようになるが、目を閉じて止まらなくても自分たちに敵意を向ける存在の位置情報、自分からの距離などが逐一ちくいち頭の中に自動的に入ってくる。


「ごめんルスマス。待たせちゃったね」


「もう用事は済んだか? じゃあ改めて皆行くぞ!」


 逃走の準備が整ったので、ギルドから出る。


「なんだ貴様ら! 何故出て来て……ぐぁ!」


「ちくしょう! なんだこいつら強すぎる……」


「薄い金髪の少女が持つ凍てつく氷剣に斬られるな! かすっただけで大きなダメージを受けるぞ!」


 ギルドを出た瞬間、案の定隠蔽スキルを解除した衛兵たちによる襲撃を受けるも、それほど強い衛兵は存在していないのでルスマスたちは軽くあしらうことが出来ている。


 俺も『アイシクルソード』を生成して襲いかかる剣撃に対処する。手合わせをしたゼナよりも遅い上に攻撃の威力も弱い為、剣の腕が素人でも身体能力・動体視力を活用すれば数人同時に相手しても問題はない。


 速攻で25人を倒して、貰った地図を見ながらルトレーバの方に進む。先ほどのような事態以外での戦闘は出来るだけ避けるため、リニルシアに『全隠蔽オールハイディング』スキルを使って貰って、建物の影に隠れながら進む。敵が衛兵たちだけならまだしも、魔導師メルに加えて何処に居るのかも不明なエシュテール家と言う存在がある以上下手に動けない。


「ルスマスもユーラもリニルシアも皆凄いよ! どんな修行をしたらあんなになるの!?」


 それにしても凄かった。3人ほぼ同時に斬りかかって来ても慌てず、ルスマスは1人目の剣を自身の剣撃で破壊して斬り飛ばした。その隙を突いてきたはずの2、3人目はほぼ同時に何らかの圧力で地面にめり込んでいた。恐らく自動発動する防御魔法だろう。


 ユーラは中威力の火属性魔法を矢じりにぎゅうぎゅうに詰め込んで遠距離から放った。その威力は、数人の衛兵の着ていた鎧ごと魔法盾を貫通して更に地面に突き刺さっていた。もはや中威力ではない。


 リニルシアに至っては、魔導師なのに敵に近づき接近戦を仕掛けて敵をぎ倒し、しかも無詠唱で高威力水属性魔法をこれでもかと連射して、敵に一撃も与えられることもなく撃破していた。こんな魔導師に勝てる人なんて居るのだろうか。


 俺が仮にこの3人と同時にやり合うことになったとしたら、日が沈まない限り勝つことは難しいだろう。


「まあ、こう見えて俺らはいくつもの修羅場を乗り越えてきたからな。ぶっちゃけ、エーシェ冒険団の中堅とならやりあえる自信がある」


「でもルナだって凄いよ。あの生成した魔法氷剣、衛兵の剣を受け止めたら1発で相手の剣が砕ける程の強さだし、これで剣の腕を磨けばどんな達人でも勝てない剣士になれると思う」


「そう? 誉めてもらえて嬉しいな! じゃあルスマス、ここから逃げて落ち着いたら私に剣術を教えてくれる?」


「ああ、勿論だ」


「本当? ありがとう!」


 そんな事を話していると、およそ1km先にこちらへ向かってくる100を超える存在を発見した。その中には4つの高魔力、1つの超高魔力を持つ者が居た。その存在の名前は……


(リーア・エシュテールとその一家、奴らがもう来たのか!!)


 これは不味い。今出ていって奴らとかち合うと確実に戦闘になるだろう。奴らだけならまだしも100を超える衛兵と同時に相手をするのは、流石に俺込みで4人だとしても、日が出ている今の状態では厳しいだろう。まだ数種類しか戦闘用の魔法を会得していないからだ。ともかく、これをルスマスに伝える。


「ルスマス、今出ていくのはダメ。リーア・エシュテールとその一家が衛兵連れてこの町に来たから。衛兵込みだと数は100を軽く超えてる」


「100以上!? ちっ! もう少しだと言うのに…… 仕方ない、そいつらが通りすぎるまで待つぞ。リニルシア、全魔力を全隠蔽スキルに回せ。絶対にバレるわけにはいかないからな」


「了解。もし戦闘になったらルスマスたちに任せたよ」


 そう言われたリニルシアは魔力の全てをスキルに回した。これで大丈夫だろうと思っていたらルスマスが『音や臭いはこのスキルでも隠せないから気を付けろ。近づかれて解除魔法をかけられたら終わりだからな』と言ってきた。成る程、このスキルにも弱点はあったのか。気を付けないと。


 そうして息を潜めて待つこと30分、やっと100mの距離まで近づいてきたエシュテール家の面々。建物の影から彼らを見ると、豪華な装飾が施された巨大な人力車に5人乗っていた。真ん中に居る爺さんがリーア・エシュテールだろう。そんな風に彼らの様子を見ていると、路地から走って出てきた小さな子供数人がちょうど彼らの乗っている人力車に当たる。


(あ、ヤバい!)


 何だか嫌な予感がしたのでアイシクルソードを生成、投げつける準備をする。本来投げる物でもないが、今使えるのはこれしかないので仕方がない。集中して彼らの会話を聞くと、この距離でも聞こえてきた。吸血鬼の聴力は凄い。


「あ、ごめんなさい……」


「おじさんたちごめんなさい……」


 そう子供たちが謝るも、その中の1人、長男のキーラが怒鳴り始める。


「あぁ!? そんなんで済むと思ったかボケ!」


 そう言ってキーラは謝ってきた子供を突き飛ばす。


(うわぁ…… 流石ギルド内にいた人たちにボロクソ言われただけのことはあるな。子供相手に何て奴だよ。いや、子供相手じゃなくてもその対応は無いだろう)


 そして更にキーラから信じられない言葉を聞くことになる。


「父様、こいつら屋敷に連れてってしてもいいでしょうか?」


「問題ないが、下民共をここには乗せたくない。手を縛って歩かせろ」


「分かりました」


 たったそれだけの理由で屋敷に無理やり連行すると言ったキーラ。その上教育すると言ったが、確実にロクでもない事をするだろう。


 泣いて嫌がる子供たちを縛って連れていこうとしたのを見た瞬間、俺は奴らに向けて2つの氷剣アイシクルソードを投げつけていた。




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