第二部 第10話
ついに海へと向かう日がやってきた。
ギリギリまで勇吾さんが俺に一眼レフのカメラをなんとか預けようと色々試していたが、結局使いこなすことができなかった。
結局は諦めてスマホのカメラで我慢してくれることになったのだが、それとは別にビデオカメラも渡してきた。
そして、満面の笑みを見せながら言ってくる。
「これもよろしく頼むよ。あとは……楽しんでくると良いよ。良い成果を期待してるね」
にっこりと微笑んでくる勇吾さん。
良い成果とは何だろうか? ただ、海に行って遊んでくるだけだからな。
まぁ言われていることくらいはしっかりできるようにしよう。
すると莉愛が俺を呼びに来た。
「あっ、有場さん、準備できましたか?」
その格好は涼しげなノースリーブのワンピースに麦わら帽子といった格好で、一瞬言葉に詰まったもののすぐに返事をする。
「あぁ、見ての通りだ」
俺は一週間分の着替えを入れた鞄を莉愛に見せる。
「えっと、それだけで大丈夫なのですか?」
「いや、これ以上は邪魔になるだろう?」
「……そ、そうですか?」
困惑した表情を浮かべる莉愛。
その後ろにはまるで引っ越しをするかのように大量に置かれた旅行鞄の山があった。
「莉愛……、その荷物ってもしかして?」
「はい、一週間も宿泊するのですからこのくらい必要になりませんか?」
当然のように答えてくる。
「いや、俺の持っている服を全部合わせてもその旅行鞄分にならないんだが?」
「……有場さん、帰ってきたら服を買いにいきますよ。今まで気づかなくてごめんなさい」
莉愛が申し訳なさそうに謝ってくる。
「いやいや、俺の服が少ないわけじゃないからな? 莉愛が多すぎるだけだ!」
「えっと、そんなに多いですか?」
「そんなものじゃないのか?」
勇吾さんも莉愛に同意していた。
その様子を見て俺は苦笑を浮かべるしかできなかった。
◇
「それでどうやって海まで行くんだ? 今までみたいに車で行くのか?」
「いえ、違いますよ。途中までは車で行きますけど……」
それなら電車とかでも使うのだろうか?
俺が首を傾げていると遠山が玄関の方から伊緒を連れてくる。
「莉愛ちゃん、お兄ちゃん、おはよう」
「おはようございます、伊緒ちゃん。今日の服、かわいいですね」
フリルが付いた白いノースリーブと青い短パン姿の伊緒。
彼女の元気さが存分に伝わってくるその服装を見て、莉愛が微笑む。
「ありがとう。莉愛ちゃんもかわいいよ」
お互いが褒め合っていた。
その様子を微笑ましく見ていると、今度は俺の方へ視線を向けてくる。
「お兄ちゃんはどう思う? 私の服、似合っているかな?」
「あ、あぁ、すごく似合っていると思うぞ……」
「どのくらい似合ってる?」
「そうだな、とても伊緒らしい格好だなと……」
「うんうん、ありがとう。それなら莉愛ちゃんはどうかな?」
今度は莉愛を前に出してくる。
突然のことに驚く莉愛。
恥ずかしそうに顔を染めながらうつむき加減で俺のことを見てくる。
「そう……だな。うん、その……なんだ……」
まじまじと見つめられるとさすがに俺も恥ずかしくなってくる。
そのせいか、莉愛を褒めるその言葉が口に出せなかった。
ただ、彼女が期待して待っているので、大きく息を吸って覚悟を決める。
そして、改めて莉愛の服装を見る。
「あぁ、とてもよく似合っているよ……」
「あ、ありがとうございます……」
莉愛が本当に嬉しそうに微笑むとそのまま俺に抱きついてくる。
それを受け止めるように抱き返すとそんな俺たちを伊緒がニヤけながら見守っていた。
「……まだまだ莉愛ちゃんとお兄ちゃんには私が必要だね」
◇
「それで結局どうやって海まで――?」
改めて疑問を莉愛に投げかけようとしたときに遠山が声をかけてくる。
「莉愛様、伊緒様、有場様、お車の準備が整いました。空港までお送りしますね」
「ありがとうございます、権蔵さん。では出発しましょうか」
にっこりと微笑む莉愛。
空港? えっと、海に行くだけだよな?
なんだか嫌な予感がしてきて、俺は冷や汗を流す。
ただ、莉愛と伊緒は平然とした顔つきで車に乗り込んでいた。
そして、しばらくすると俺は空港にたどり着き、トントン拍子に他に誰も乗客がいない飛行機に乗り込んでいた。
……一体どこに連れて行かれるんだ?
「そろそろどこに行くか教えてくれないか?」
「前に話さなかった? 莉愛ちゃんの持ってるプライベートビーチに行くんですよ」
伊緒が微笑みながら教えてくれる。
「だから海に行くんだろう? そんなに遠くにあるのか?」
「遠く……というか島だよ?」
「……島?」
「うん、莉愛ちゃんが持ってる島だよ」
「わ、私じゃないですよ? お父様が持っている島です」
「どっちでも変わらないよ」
……そうか、莉愛は島を持ってるのか。
なんだか規模が違いすぎてただ呆然と頷くしかできなかった。
「でも、この飛行機も何だが人が少ないな……」
「もちろんですよ。だって、この飛行機も莉愛ちゃんの――」
最後まで聞かなくても理解してしまった。
そこまで聞くと呆れも通り越して乾いた笑みを浮かべるしかできなかった。
◇
しばらくすると小さな島が見えてきた。
そこに向かってゆっくり高度を下げていく飛行機。
そして、着陸した飛行機から降りた先には綺麗な海が広がっていた。
「すごく……綺麗なところだな」
思わずその景色に見とれてしまう。
「久しぶりに来たけどやっぱり綺麗なとこだよね」
「はいっ、有場さんと一緒に来られて良かったです……」
莉愛が嬉しそうな笑顔を見せてくれる。
すると、俺たちの元へと見たことのない執事服姿の男性が近付いてくる。
「莉愛様ご一行様ですね。お待ちしておりました。お荷物は私の方でお預かりしますね。ではこちらにいらしてください」
男性が案内してくれて俺たちは近くにある館へとやってきた。
「でかい屋敷だな」
「うちよりは少し小さいところなんですけどね」
「それでさっきの執事服の人は?」
「この館で雇っている方なんですよ」
なるほどな。これほど大きい館なら人を雇っていてもおかしくないか。
ただ、この人たち、誰か人が来たときはいいけど、それ以外の時は一体何をしているのだろう?
そんな疑問が浮かんだが、今の俺と似たような状態なのかもとそれ以上考えないことにした。
「では、有場様はこちらの部屋をお使いください」
執事の人に案内されて部屋をのぞき込む。
館にある部屋と同じでやたらと広いそこはベッドとテーブル以外には特に何も置かれていない。ただ、すぐ正面にある窓からは綺麗な海を見ることができた。
「では、有場さん。水着に着替えたら有場さんの部屋に集合でよろしいでしょうか?」
莉愛が確認をしてくる。
「私もそれで大丈夫だよ」
「俺も構わない」
「それじゃあすぐに着替えて海に行きましょう」
嬉しそうに微笑む莉愛。
そして、彼女たちは自分の部屋に戻っていった。
◇
俺は鞄から水着を取り出すと早速着替えておいた。
一応上にはシャツを着ておくと、念のためにタオルなどを準備して莉愛達がくるのを待つ。
しばらくするとまずは伊緒がやってくる。
黄色のビキニを着た伊緒は俺の顔を見てニヤリと微笑んだ。
「お兄ちゃん、伊緒の水着はどうかな?」
「あぁ、いいんじゃないか?」
「……むぅ」
俺の反応が気に入らなかったのか、伊緒が頬を膨らませる。
ただ、水着なら莉愛と買いに行ったときに散々見てきたし、どちらかと言えば小学生くらいに見える伊緒の体型ならドキドキとすることもなかった。
「いいもん、こっちを見てもそんなに余裕の表情を見せていられるかな」
伊緒が再び口をつり上げると少し横に移動する。
すると、今度は水着を着た莉愛が恥ずかしそうに俯いていた。
「えっと、この水着……どうですか?」
莉愛が着ていたのは白いワンピースタイプの水着だった。
ただ、ふんだんにフリルが付いており、とても可愛い感じになっている。
そして、それが莉愛にとてもよく似合っていた。
思わず俺は莉愛に見とれてしまう。
そんな俺たちの様子を見て伊緒は微笑む。
「莉愛ちゃん、とっても似合ってるよね?」
「あぁ……そうだな」
相づちを打つくらいしかできなかった。
ただ、返事はそれで充分だったようで莉愛は嬉しそうに目を潤ませていた。
「それじゃあ早速海に行こうよ!」
「うんっ」
莉愛達が嬉しそうに海に向かって駆けていく。
その後ろをゆっくりと俺が追いかけていく。
足跡一つない真っ白な砂浜。
俺たちの他に誰もいないそこは本当にプライベートビーチなんだと理解させられた。
「有場さーん、早く来てくださいー」
嬉しそうに手を振ってくる莉愛。
伊緒は気がつくと既に海の中に入っていた。
そして、莉愛に向けて水をかけてくる。
「きゃっ、や、やりましたね」
莉愛が冷たそうに目を細める。
そして、伊緒を睨みつける。
「ふふふっ、やられる方が悪いんだよ。悔しかったらお兄ちゃんと一緒にかかってくると良いよ」
「言いましたね。有場さん、一緒に伊緒ちゃんを倒しましょう!」
グッと手を握りしめてやる気になっている莉愛。
それも伊緒の策略だろうことは充分に予想できたものの今回はそれに乗ることにした。
「いいぞ、伊緒に水をかけたら良いんだな」
「はい、行きますよ!」
莉愛が両手を海に着けて水を汲むとそれを伊緒に向かってかけようとする。
ただ、それが伊緒まで届くことはなく、全然伊緒にはかからなかった。
「やっぱり莉愛ちゃんはまだまだだね」
「むっ、それなら有場さんが私の代わりになんとかしてくれますよ」
莉愛から期待のこもった目を向けられる。
ただ、俺もあまり水を飛ばすのは得意じゃないんだよな……。
となると――。
手で組むのではなく、思い切って水を押し出す。
あまり距離は飛ばないものの大量の水をかけることができる。
それを伊緒のすぐ近くですることで大量の水がそのまま彼女にかかる。
「わぷっ……、や、やったな……」
伊緒は上手く手を使って水を飛ばしてくる。
それが再び莉愛の顔にかかる。
「きゃ……」
水がかかった衝撃で莉愛が体勢を崩して、俺の方へと倒れてくる。
それをしっかりと抱きとめると莉愛が少し赤い顔をしていた。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます、有場さん」
俺にしがみついていた莉愛が上目遣いを見せながらお礼を言ってくる。
そして、すぐに恥ずかしくなって離れていた。
するとそのタイミングで俺の顔に水がかかる。
「お兄ちゃん、私のことも忘れないでよ!」
伊緒が少しムッとした様子で頬を膨らませていた。
「さすがに水を飛ばし慣れている伊緒に分があるか……」
「あっ、それなら……。有場さん、少し伊緒ちゃんの相手をしてもらっても良いですか?」
「あぁ、それはかまわないが……」
莉愛が何かを思い出したように海からあがっていく。
その間、しばらく伊緒と水を掛け合っていると笑みを浮かべながら莉愛が戻ってくる。
その手には水鉄砲が握られていた。
「へへっ、これなら伊緒ちゃんでも負けないですよ」
「ちょっ……、莉愛ちゃん。それは反則……、わぷっ」
水をかけられた伊緒が今度は慌てふためく番だった。
必死になって水をかける莉愛。
泳いで逃げていく伊緒。
そんな二人を見ながら俺は一旦砂浜の方に避難しておく。
するとさっきまでは気づかなかったが、執事の人がビーチパラソルや遊ぶ上で必要になりそうなものを一式揃えてくれていた。
「こちらのものは好きにお使いくださいね。もし何か入り用でしたら仰ってくれたらすぐに準備させていただきますね」
軽く一礼すると執事の人が去って行った。
その表情はなぜか生き生きとしたものだった。ただ、その理由はなんとなく俺にも理解できた。
取りあえずビーチチェアに座ると莉愛達が遊んでいる様子を眺めているとしばらくすると息を荒げた彼女たちが俺の方へと戻ってきた。
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