閑話 七夕

「有場さん、有場さん、今日は七夕ですよ!」



 学校から帰ってきて、俺の部屋にやってきた莉愛が嬉しそうにピョンピョンと目の前で跳ねていた。



「そうだな。何か願い事でも書くのか?」

「そ、そうですね。えっと、えっと、短冊に書かないといけませんね。あと、笹……準備しないとですね。権蔵さんに聞いてきます」



 莉愛が忙しそうに部屋を出て行った。

 七夕か……。


 今まで特に何もしたことがなかったな、と微笑ましく見ていると慌てて莉愛が戻ってくる。



「あ、有場さん、もう笹の準備ができてるみたいですよ」

「嘘だろ? さすがに今言ってこれだと早すぎないか?」

「いえ、元々準備していたみたいです。裏庭にあるそうですよ」



 莉愛と一緒に裏庭の方へと出て行く。

 するとそこには笹が植わっていた。



「はぁ!?」

「立派な笹ですね……」



 驚きの声をあげる俺とは別に莉愛は嬉しそうに微笑んでいた。



「どうしてこんなものが!? い、今までなかったよな?」

「毎年、お父様がここに植えていたみたいなんですよ。七夕の時期に」



 よくみると既に短冊が一つかけられている。



『莉愛が幸せになりますように。勇吾』



 あぁ、勇吾の短冊か。


 もしかして、毎年こうやって願いを飾っていたのだろうか?



「お父様ももうお願いをかけられていたのですね。それなら私たちも――」

「短冊もいいが、この笹、少し寂しくないか? どうせなら飾り付けをしたり、他の人にも短冊をつけて貰ったら良いんじゃないか? いっそのこと知り合いを呼んでパーティとか……さすがに準備が大変か」

「いえ、それいいですね。あまり豪華なものは準備できないかもしれませんけど、十分楽しめると思いますよ。では私は伊緒ちゃんに連絡しますね」

「それなら俺は大家さんに連絡しておくか」



 莉愛の知っている人物で考えると彼女くらいしかいなかった。


 スマホを取り出すと早速大家さんに電話をかける。


 プルル……プルル……。


「はい、大家おおやです」

「あっ、大家さんですか? 俺です、有場です」

「あっ、有場さんですか!? 珍しいですね、電話なんて掛けてこられるの……。どうかされましたか?」

「えぇ、実は今日、莉愛の家で七夕のパーティ――」

「行きます! 今すぐ準備しますね」



 まだ何も言っていないんだけどな……。

 でも、要件自体は間違っていないので苦笑を浮かべながら答える。



「えぇ、ではお待ちしていますね」



 これで大家さんは大丈夫そうだ。

 そう思いながら莉愛の方を見ると彼女も嬉しそうに微笑んでいた。


 伊緒もオッケーだったらしい。



「それならみんな来る前に出来る飾り付けをしておくか」

「はいっ」



 莉愛と二人部屋に戻ると折り紙を使い、飾りを準備していく。





「有場さん、莉愛ちゃん、来ましたよ!」



 まず始めに大家さんがやってくる。

 すごく笑顔で嬉しそうにしていた。



「はははっ……、相変わらず元気そうですね」

「えぇ、夏に負けていられませんから……」

「では案内しますね。こちらにどうぞ」



 苦笑を浮かべる俺をよそに莉愛が大家さんを笹のある場所まで案内する。

 そして、伊緒も来たこところで彼女たちに短冊を手渡す。



「すごいね、この笹……」



 伊緒が驚き、口をぽっかりと開けていた。



「はい、本当にすごいですよね……」




 莉愛もぼんやりと眺めていた。

 笹は夜になるとライトアップされる仕組みになっていたようで、今は明るく輝いていた。



「でも、笹はすごい割に飾りの方は折り紙なんですね」



 大家さんが飾りの一つを触りながら言う。



「えぇ、それは俺と莉愛が準備したものですから――」

「もう少し早くにわかっていたらしっかりしたものを準備できたんですけどね……」



 莉愛は苦笑を浮かべていた。



「でも、これはこれで風情があっていいと思うぞ」

「そうですね……」



 莉愛が俺の側に肩を寄せてくる。



「ちょっと、お兄ちゃんと莉愛ちゃん! 私たちもいるんだから砂糖は控えめにしてね」

「さ、砂糖って、わ、私たちは食べ物じゃないですよ!」



 的外れな返答をする莉愛。

 そんな彼女を見て伊緒は笑い始める。



「そういう意味じゃないよ。ラブラブしすぎで、こっちもニヤニヤが止まらないから止めてっていったの」

「別にラブラブなんてしていませんよ? いつも通りですよね、有場さん」



 莉愛なら恥ずかしがるかなと思ったが、平静を装って俺に話を振ってくる。

 まぁ確かに肩を寄せ合うくらいならよくしてるか……。

 別に手を握っていたわけでもないし……。



「まぁ、このくらいならな」

「くぅ……、この幸せ者めー! こうなったら――」



 伊緒が短冊に願いを書き始める。

 それを見て俺たちも同じように書き始めた。



「有場さん、有場さんは何を書きました?」



 俺が書き終わったのを見ると莉愛が聞いてくる。



「んっ? 別に変わったことは書いてないぞ?」



 俺は自分の書いた短冊を莉愛に見せる。

 そこには『今の幸運がこれからも続きますように』と書かれていた。



「つ、つまり、これからも私と一緒に――!?」



 莉愛の顔が一瞬で真っ赤に染まり、頭からも湯気のようなものが見える気がした。



「だ、大丈夫か、莉愛?」

「は、はい……。有場さんが突然驚かすようなことを書くからですよ!」



 口を尖らせて言ってくる莉愛だが、そんなに変なことを書いていただろうか?



「それよりも莉愛はどんな内容を書いたんだ?」

「私ですか? 私はもちろんこれですよ」



 莉愛が笑顔で見せてきた短冊には『織り姫様と彦星様が無事に出会えますように』と書かれていた。とても莉愛らしいいい願いだ。



「そうだな、今日は良い天気だもんな。七夕は梅雨の時期だからこうして晴れているのも珍しいが――」

「えぇ、そうなんですよ。だから無事に会ってくれると良いな……って」



 再びそっと肩を寄せてくる莉愛。



「大丈夫だ、きっと……」


 そう告げると二人して星満天の空を見上げる。

 綺麗に広がる星達。


 星座には詳しくないが、素直に綺麗だと思えた。



「お兄ちゃん、莉愛ちゃん、早く七夕を飾ろう!」



 伊緒が大声を上げてくる。

 そこでようやく二人の世界から戻ってくる。



「伊緒が呼んでるな……」

「えぇ、早く飾りに行きましょうか」



 にっこり微笑む莉愛と二人、笹の方へと近づいていく。



「お待たせしました」

「もう、また二人だけの世界に入っていたんでしょ。仕方ないなぁ、もう……」

「すまんな、それで伊緒はどんな願いを書いたんだ?」

「私? 私はこれだよ」



 莉愛が見せてきた短冊には『リア充爆発しろーー!!』と書かれていた。

 いや、よくみるとその下にも小さく別の言葉も書かれている。


『お兄ちゃんと莉愛ちゃんがいつまでも幸せで暮らせますように』



「伊緒ちゃん……」



 莉愛が感動のあまり思わず口に手を当てて目を潤ませていた。



「お兄ちゃんも莉愛ちゃんも私、大好きだからね。だからこれからも幸せになって欲しいなって……」

「伊緒ちゃん、ありがとー!!」



 珍しく莉愛が素直に自分の気持ちを伊緒にぶつけていた。

 そのまま伊緒に抱きつく莉愛。



「わっ……、ととっ。り、莉愛ちゃん……、危ないよ……」

「ご、ごめんなさい……。でも、本当に嬉しいです。ありがとうございます……」



 一歩後ろに下がると莉愛が改めてお礼を言っていた。

 すると伊緒は恥ずかしそうに鼻頭を軽く掻いていた。



「ううん、これ以外のお願いが思い浮かばなかっただけだよ……」



 伊緒が苦笑を浮かべながら答える。

 するとその隣で大家さんがすごく居心地の悪そうな顔をしていた。



「どうかしましたか?」

「あっ、いえ、私はその……、純粋に自分が欲しいものを書いちゃったなって……」



 大家さんがすでに笹に掛けていた短冊には『お金を下さい』と書いてあった。


 本当にストレートだな……。


 でも、それが彼女らしい願いのような気がした。



「それじゃあ、そろそろ食事の準備が出来たと思いますので、食堂に行きましょうか」



 莉愛がそう告げると俺たちは自分の分の短冊を笹に掛ける。

 すると莉愛のお願いが裏の方にも書かれいることに気づく。



「あれっ、莉愛? 裏面に……」

「えっと、これは内緒ですよ……」



 莉愛は恥ずかしそうに俺にだけわかるように短冊を裏向けてくれる。

 そこには『織り姫様や彦星様みたいに私たちも仲良くなれますように』と書かれていた。


 それを見た瞬間に俺もドキッとしてしまう。



「あの……、これからもよろしくお願いしますね」

「あぁ、こちらこそよろしくな」



 照れながら改めて頭を下げ合う俺たち。

 すると館の方から伊緒が大声を上げてくる。



「莉愛ちゃん、お兄ちゃん、早く、ご飯が冷めちゃうよー!」

「あっ、今行きます」



 莉愛が返事をすると俺の顔を見て苦笑する。



「伊緒ちゃんも呼んでいますから行きましょうか?」



 そっと手を差し出してくる莉愛。



「そうだな……」



 俺は手を握り返すと二人で伊緒の下へ向かっていった。

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