第5話

 この館に来て数日が過ぎた。

 俺の部屋には新しい家具が届き、ゆったり出来るようになった……と思えば、毎日のように莉愛がやってくるので結局ずっと緊張したままだった。


 それにしても全部オーダーメイドだったはずなのに家具が届くの、早すぎないか?

 そんな疑問が浮かんだが、莉愛が軽く舌を出したところを見るとおそらく彼女が何か力(お金)を使ったのだろう。

 これ以上聞くのは怖いのでそれ以上口を挟むことはなかった。



「それにしても有場さん、この部屋には何も遊ぶものがないですけど、普段はどんなことをしてるのですか?」

「普段? こうやって莉愛と二人でのんびりしてることが多いな……」

「私がいないときですよ! もうすぐ私も学校が始まりますからいないときは何をするつもりなのですか?」



 ソファの上で寝転がってだらだらとしていると莉愛が聞いてくる。



「そうだな……。何をしようか……」



 何もやらなくて良いと考えるとどうしても今みたいにだらだら過ごしてしまう。



「趣味……みたいなものはなかったのですか?」

「特にないな……」



 だから町へ探しに行こうとしていたわけだもんな。



「それならこれ、やってみませんか?」



 莉愛が取りだしてきたのはトランプだった。

 確か小学生くらいの時はよく遊んだよな……。



「二人でするのか? それならスピードとかをするのか?」



 スピードとは二人で出来るトランプの遊びでより早く出す速度や瞬発力がものを言うゲームだった。

 お世辞にもあまり莉愛は得意そうには見えなかった。



「スピード? 私が知っているのはこうやって裏返して数字を揃えていくやつだけです」



 莉愛が全てのカードを裏返しに置いていく。

 なるほど、神経衰弱か……。確かにこれも二人でできるか……。



「あぁ、わかった。ただこれでも俺は神経衰弱には自信があるぞ」

「大丈夫ですよ。私もそれなりに自信がありますから……」



 莉愛もニヤリと微笑んで見せる。

 自分で言いだしてきたこともあり莉愛も強いみたいだな。

 これは少し本気で相手をしよう。


 俺は少し気合いを入れて莉愛の相手をしていく。


 ◇



「……なぁ、莉愛。いつまでこれをするんだ?」

「つ、次こそは……、次こそは勝ちます!」



 再び莉愛はカードを置き始める。

 その目には涙を浮かべ、悔しそうに口をかみしめていた。

 意外と負けず嫌いなんだろう。


 ただ、それに付き合わされるのは大変だった。

 すでに神経衰弱をした回数は十回を超えていた。


 その勝負の結果は十勝0敗。


 まさか一度も負けないなんて思わなかった。

 最後の方はかなり手加減していたのだが、それでも勝ってしまった。


 莉愛……、すごく弱いな……。


 考えていることが顔に出るので、次取ろうとしてるものがわかるし、前に出たカードが出てくると視線がそちらに向いて反応する。

 ここまでわかりやすいと負けるのも難しい。



「また負けた……」



 悔しそうに口を噛みしめる莉愛。

 むしろ俺は今まで莉愛を相手に負けてきた人たちを尊敬しつつあった。


 すでにカードをシャッフルして、置き始めていた。

 おそらくこれは莉愛が勝つまで続くだろう。この莉愛相手に負けることはかなり難しい。


 これは気合いを入れていかないと!


 ◇


 それからしばらくやり続け、数十回繰り返し、ようやく莉愛に負けることができた。



「やったー、有場さんに勝ちましたー!」



 念願を果たせて莉愛は両手を挙げて喜ぶ。


 ふぅ……、これで勝負も終わりだな……。



「それじゃあもう一度――」

「い、いや、莉愛。そろそろ夕食の時間じゃないのか?」



 再び始めようとする莉愛。

 それを慌てて止める。



「あっ……、本当ですね……」



 窓の外がオレンジに染まっているところを見ると莉愛は少し悲しそうな顔をする。



「もう明後日から学校が始まるのに……」



 もうすぐ学校が始まると言うことで莉愛は悲しそうな顔をする。



「あっ、でも、今日は一日有場さんと遊んでもらいましたもんね。ありがとうございます。では、私は一旦部屋に戻りますね」



 莉愛が頭を下げると慌てて部屋を出て行った。


 それにしても最近はずっと莉愛と二人部屋にこもりっきりだな……。外にも出てないし……。

 ……って、これだと本当にヒモまっしぐらじゃないのか!?


 だ、駄目だ。確かに養ってもらえるとは言ってくれてるが、俺自身も出来ることはしないと!!


 そんなときにスマホが震え出す。

 莉愛からのメッセージだ。



『有場さん、明日はお花見をしませんか?』



 ちょうど桜は満開に咲いている。

 こんな中だと人が多くて場所取りも大変だろう。


 よし、それなら俺が取りに行くしかないな。


 久々の仕事に俺はやる気を取り戻す。



『わかった』



 莉愛にメッセージを送り返すと明日に備えて準備を始める。



 ◇◇◇



 翌朝、日も昇らぬ早朝から俺は近くの桜で有名な公園で場所取りをしていた。

 すでに暖かくなり始めてるとは言え、まだ朝は寒い。


 始めの頃は普段の……スーツで場所取りをしにきて寒すぎて震えてたな……。


 ただ、今の俺はそんな羽目にはならない。

 何度も経験している俺はしっかりと毛布を持ってきていた。


 レジャーシートを広げ、その上に座り込むと毛布にくるまる。

 これであとは莉愛が来るのを待つだけだ。


 何の意味もなくスマホを開いてみる。

 以前ならこの状態でも上司からの仕事がひっきりなしに届いていて、色んな人に電話をかけたり、仕事をしないといけなかったが、今は本当に待つだけ……。



「意外と待つのって長く感じるな……」



 ようやく日が昇り始めると公園側に見える道路では慌ただしく行き交うスーツ姿の会社員が目にとまる。


 その中で何人かは同情の視線を送ってくる。

 おそらく早朝からの場所取りを経験したことがある人だろうな。

 まだ業務でやるなら良いのだが……元の会社は休暇扱いだった。


 朝早くから場所取りをして、ようやく昼にやってくる上司の接待をして、夜は散らかったものの後片付け……。


 断ると怒鳴られ、終わらない仕事を押しつけられて、周りの人間には蔑んだ目で見られる。

 仕事上の花見はとても面白いものではなかった。


 ただ、今日は莉愛と二人の花見。

 いつもなら嫌な場所取りも心が躍る気がする。


 すると少し遅れて別の花見客が場所取りを始めていた。



「おや、あなたも場所取りですか?」



 会社員らしき人が声をかけてくる。



「そうですよ。あなたもそうですか?」

「はい。でも、大変ですよね……、こんな朝はやくから会社のために場所取りなんて……」

「は、はははっ……」



 俺は乾いた笑みを返すしかできなかった。

 今日の俺は莉愛のための場所取りだから、会社のために……というわけでも。

 いや、会社のためには違いないか。



「お互い頑張りましょうね。上司の機嫌をとるために」

「えぇ、そうですね」



 莉愛は上司……でいいんだよな?

 一応代表の娘なんだし。


 頭の中で少し言い訳をしながら、スーツ姿の男性を見送る。

 彼も周りを見渡してなるべく良さそうな位置にシートを引いていた。


 ◇


 長い時間、ただぼんやりと過ごしていた。

 周りにはちらほらと会社員の人たちが集まりだしてざわつき始めていた。


 先ほどの男性も必死に会社の上席と思われる人にヘコヘコ頭を下げていた。



 俺も昔はあんな感じだったんだよな……。



 感慨深い目つきで眺めていると莉愛が到着したようだった。



「有場さん、お待たせしました。遅れてしまい申し訳ありません」



 大きな箱包みを持って莉愛が笑みを見せてくる。



「いや、気にするな。いつものことだったからな」

「いえ、そんなわけにはいきません。ほらっ、体もこんなに冷えてしまって……」



 莉愛が俺の手を包み込むように握ってくる。

 すると周りの人間から歯ぎしりのような音が聞こえてくる。


 先ほどの会社員の人も目を血走らせ、血が出そうなほど口をかみしめていた。


 上司相手の接待をしないといけないのに、そんな側にかわいい女の子と花見をしている人物がいたら俺も歯ぎしりをしていただろう。


 ただ、そんなことを気にすることなく莉愛はコップに飲み物を注いでいた。



「どうぞ、頑張ってくれた有場さんのために温かいお茶を持ってきたんですよ」



 莉愛がコップを渡してくる。

 それは手に持っただけで冷えた体が温かくなっていくようだった。

 ゆっくりお茶を飲んでいく。



「うん、うまいな……」



 ただのお茶だが、冷めた体にはこれ以上ないごちそうだった。



「でも、有場さんも早く出過ぎですよ。もっとゆっくりしてくれてもよかったんですよ。私たち二人だけなんですから……」

「どうせなら良いところでしたいだろう?」

「はい、せっかく有場さんと二人で花見をするんですからね。おかげできれいな場所ですることが出来ます。本当にありがとうございます」



 何度も頭を下げてお礼を言われる。


 これが昔の上司だと『おいっ、この程度の場所しかとれなかったのか!! お前の根性が足りないんだ! もっと広く場所取りをしておけよ!』と何かしらの理由をつけて怒ってくるところだったが――。


 目の前で満面の笑みを見せてくる莉愛を見ると、大変な場所取りも進んでやりたくなってくる。



「気にするな。それよりもそっちの箱包みは?」

「えぇ、お弁当を作ってもらったんですよ。やっぱりお花見と言ったらこれが必要ですよね?」



 莉愛が袋を解くと中からは大きな重箱が出てくる。



「早速食べましょうか?」

「……そうだな」



 莉愛から皿と箸を受け取る。

 こういったときでも紙パックや割り箸じゃないんだな……。


 洗えばいくらでも使えそうなものだったが、莉愛は「使い捨てのものですので、好きに使ってくださいね」と言ってくる。


 そして、重箱を開けてくれるとまず大きな伊勢エビやいくら、ホタテといったおせち料理でしか見かけないようなものが入っていた。

 しかもそれだけで終わりというわけではなかった。


 重箱はこれとは別に二段あった。


 真ん中の段には卵焼きやソーセージといったお弁当の定番が、下の段には小さなおにぎりが入れられていた。

 いくつかの卵焼きはちょっとだけ焦げていたり、おにぎりは形が不揃いなものがあったが、それは慌てて作ってくれたからだろうか?



「好きなものを食べてくださいね」



 さすがにこれは二人で食べるには多すぎないだろうか?

 せめてあと一人……いや、二、三人分はありそうな気がする。


 とりあえず卵焼きを掴んで口に運んでみる。


 ふわふわで柔らかく、それでいて優しい甘さが口の中に広がってくる。

 今まで食べたことがあるような卵焼きとはまた違う。



「うん、すごくうまいな」

「それはよかったです。……」



 莉愛がジッと重箱を見て、何かを考え始める。

 そして、何かを決意したように一度頷くと卵焼きを箸で掴む。



「有場さん、どうぞ」



 その卵焼きをそのまま俺の方へと差し出してくる。



「えっと、これは……?」

「その……あーんっていうやつです」



 顔をすごく赤くしながらぷるぷると肩をふるわせていた。

 それを聞いて俺自身も頬が熱くなるのを感じる。


 お互いが動けずに固まってしまう。

 行き場をなくした卵焼きは俺の目の前で止まったままで……。



「そ、その……、食べて……もらえませんか?」

「そ、そうだな……」



 莉愛の言葉で俺は慌ててその卵焼きを口に入れる。

 ただ、緊張のあまり味は全然わからない。



「どう……ですか?」

「うん、うまい……と思う」



 それを聞いた莉愛は嬉しそうに頷くと今度は形がいびつなおにぎりを掴む。

 そして、先ほど以上に顔を赤くしていた。

 目はまともに焦点が合っておらず、キョロキョロと別の方を見ていた。

 それでも声を出していってくる。



「あーん……」



 さっき以上に緊張しているようだけど一体どういうことだろう?


 とにかく俺も長時間莉愛から料理を差し出され続けていると周囲の目が絶えられない。

 まるで恨みのこもった視線を回りから向けられている。


 まぁ、他の人たちは上司の顔色をうかがう楽しくない花見をしているわけだからな。

 その気持ちはよくわかるんだけどな。


 とにかくこの見世物みたいな状況を早く回避するために莉愛が差し出しているおにぎりを食べる。



「ど……、どうですか……?」



 不安げな表情を見せながら俺の顔を覗き込んでくる。


 今まで食べた料理と比べるとどこか変な感じを受ける。

 でも、普通のおにぎりといった感じでおかしいところはなかった。



「うん、これもうまいな」

「ほ、本当ですか!?」



 莉愛が身を乗り出して聞いてくる。

 その迫力に身動ぎながらも頷く。



「あぁ、普通にうまいぞ……」



 すると莉愛が更に頬を赤く染め上げていた。それは顔の全てに行き渡り、まるで茹で上がったみたいに真っ赤になっていた。

 そして、あまりの恥ずかしさに顔を手で隠していた。



「その……ありがとうございます……」



 どうして莉愛がお礼を言ってくるんだろう?



「実は私もお弁当を作の手伝ったんですよ……」



 どうやらわざわざ俺のために莉愛も弁当を作ってくれたようだ。


 ただ、それを伝えると更に恥ずかしくなってきたようで更に俺の前に料理を差し出してくる。



「どうぞ、あーん……」



 それをひたすら食べていくが全ての料理を食べきることは出来なかった。

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