涼宮ハルヒは恋などしないっ
望戸
涼宮ハルヒは恋などしないっ
正直、動揺しなかったといえば嘘になる。
もちろん団長として、団員の手前、そんなそぶりは見せられないから、あたしは平静を保ってみくるちゃん謹製のお茶を呷った。身体中の毛穴から一気に汗が吹き出てくるような感覚。お茶が熱いからよね、これは。だからもう一回、落ち着いて画面を見てみるべきよね。接続詞の使い方が間違っている気もするけど。
みくるちゃんと有希とあたししかいない、放課後の文芸部室。古泉君のクラスはホームルームが長引いてるみたい。キョンは掃除当番だったから、たぶんもう少ししたらやってくるはず。
あたしはいつものように団長机に座って、いつものようにパソコンを立ち上げたところだった――メールソフトが未読メールの存在を知らせてくる。ポップアップされたタイトルは、いつぞや漫研部員に発注してから不定期に届くようになったSOS団サイト用の漫画原稿だ。不思議相談のメールじゃないのはちょっと残念だけど、この漫画の面白さは折り紙つきで、さすがあたしがスカウトしただけのことはあるわね。ともかくあたしは喜び勇んでメールを開き、そしてしばし硬直した。
今回の原稿は四コマではなく短いストーリー漫画。それはいい。絵のタッチも悪くない。展開も良くまとまってる。
ただその、ジャンルが。確かに、『細かいことは気にせず好きに描いて』とは発注したけども。
あたしはパソコンの画面をもう一度スクロールする。話の内容はいつもどおりギャグを交えたコメディなのだが。
……コメディはコメディでも、これ、ラブコメよね。
これじゃまるで、あたしがキョンのことを好きみたいじゃない……!
思わず削除ボタンに伸びかけた指を、鋼の意思で引き止める。落ち着きなさい涼宮ハルヒ。冷静になるのよ。これはただの漫画、二次創作、パロディ、パスティージュなんだから。あたしがざっくりとしか設定を伝えなかったのもいけなかったわ。恋愛が思春期にかかるはしかの一種であることは相変わらず主張していきたいあたしであっても、ラブコメっていう漫画のジャンル自体を否定はしない。みくるちゃんのドジッこメイド萌えキャラとか、有希の眼鏡無口クールキャラみたいに、それは「それ」として存在するものだからだ。あの漫研部員がたまには違うジャンルの漫画を描いてみたくなったとして、それがラブコメだったからって、責められることじゃない。
そう、これはあくまでもあの漫研部員が考えた妄想である。ここに描かれているのは「涼宮ハルヒ」じゃなくて「涼宮ハルヒちゃん」だもの。妄想が現実になるなんて百歩どころか一万歩譲ってもありえないわ。もっと現実見なきゃ。
ここで削除なんてしたら、まるでこの漫画が本音を言い当ててるみたいじゃない。一億歩譲ってもそれは無いけど、うん、変な誤解をされるのも癪だわ。団長には度量の広さも求められるのよ。それに、言論統制なんて悪政の常套句じゃない。
「みくるちゃん、お茶おかわりっ」
「はぁい」
お盆を抱えてぱたぱたとやってくるみくるちゃん(かわいい。百点)が、あたしの湯飲みを回収しながらひょいと画面を覗き込む。
「あ、漫画、新しいのが届いたんですか?」
「ええ、あとでキョンにアップさせて……」
待て待て待て。いくらキョンがSOS団の雑用係だからって、いつもキョンばかりにやらせてたら他のみんなのスキルが向上しないわよね。これからはIT社会なんだし、ホームページ更新の一つや二つ、目をつぶってでも出来るくらいにはなっておかないと。
「いや、いいわ。あたしがやる。みくるちゃんやり方知ってる?」
「ふぇ? ご、ごめんなさい。あたし、こういうのは苦手で」
「有希は? わかる?」
こういうとき有希はとっても頼りになる。読書しながらもあたしたちの会話を聞いていたのであろう有希は、すうっと音もなくこちらに近寄ってきて、画面を一瞥する。そして横から手を伸ばすとマウスを何回か操作して、あっという間に漫画をアップロードしてしまった。案外簡単なもんね。今度からはいつもあたしがやろうかしら。漫画の内容のチェックも兼ねて――ほら、さすがに公序良俗に反する漫画を掲載するわけにはいかないものね。SOS団は革命的な団体ではあるものの、反社会的組織ではないわけ。
役目は終わったとばかりに定位置へ戻る有希。あたしもメールソフトを閉じて、元のデスクトップ画面に戻す。別に証拠隠滅じゃないわよ。
お茶を淹れなおしているみくるちゃんの向こう、みしみしと古い板張りの廊下を鳴らして誰かが近づいてくる気配がする。多分掃除当番を終わらせたキョンだろう。まださっきの驚きを引きずって、どきどきしている心臓を落ち着かせようと、あたしはこっそり深呼吸ののちしかつめらしい顔を作って来訪者を待った。
涼宮ハルヒは恋などしないっ 望戸 @seamoon15
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