第68話 至福の時間と仲良しの先輩

 もう立っていられなくなって、膝から崩れる次の瞬間。

「おっと! しっかりしろ。……おい、サフラン! お前、ほんとに大丈夫なんだろうな?」

 仁史君が、倒れないように支えてくれた。


「ただの、電池切れ。あ。もう、立っていられ……」

 自分でわかった、全身から突然力が抜けた。

 何処かの人のように顔面から落ちようが防げない。


「ふぅ、……っぶねぇ! セーフ。終わってからケガするなんて莫迦らしいだろ?」

 目の前にはワイシャツの肩の部分の生地がこれ以上無くドアップで迫る。

「……え? ひ、仁史君? ごごごごめん、……なさい」

「よっと。……ちょっとだけあげるぞ。――お前、滅茶苦茶軽いな。普段。飯、喰ってるか?」


 事実上、仁史君に抱きかかえられている。というこれ以上無い現状。

 但し。そんな幸福感の溢れる時間は、そう長く続かないのは初めからわかっている。


 魔力吸引マジカルサクションの副作用で、体の力が抜けるだけで無く、徐々に思考に霞がかかってくる。

 徐々に狭まる視界の隅に、この場を離れようとする戦場先輩の姿を捉えた。

 


「い、くさば、……先輩」

「ん? 完全勝利のダメ押し? ……意外と性格悪い子だったのね」

 この人の思考はよくわからない。なんでそうなる?

「そうでは、無く、帰る前、水道で……。顔、洗ってください」


 鼻血だけで無く、額からの流血もどうやら止まったようだが、顔は血まみれだ。

「それと、着替え。良かったら。わたしの服。うちにあるので。桜に、出して。もらって……」

 彼女の制服は所々ほころびて、泥にまみれて血まみれで。

 そんなワイルドな女子高生は、あまり見たことがない。


「……おぉ。忘れてた。確かに。このなりでは、電車待ってる時点で通報されるわ」

 もしかしたらと思ったので声をかけたが。

 本気で自分の見た目がどうなっているか、そこに思考が及ばなかったものらしい。

 仮に男子だとしても。そこまでじゃないだろうと、個人的にはそう思うのだが。 


「気持ちはうれしいけど、今日はジャージ着て帰るわ、うん。……サフランちゃんとサイズは近そうだけど。……ある一部分、具体的には。む・ね・が。苦しそうだし。……んふ、うふふふふ♪ んじゃね!」

 …………!

「おつかれっしたぁ! ……華ちゃん、いつの間に戦場先輩と仲良しになったの?」

「お疲れでした。帰り、気をつけてくださいよぉ?」



 な、な、何を言い出すのだろうあの女! 

 しかも仁史君の居る目の前で!

 やっぱり尊敬なんかできない!


 その仁史君が何かを言おうとして、私の顔をのぞき込んだところで。

 音が聞こえなくなり、視界もブラックアウトした。

 なに? 何を言おうとしたの!? 

 その後。何を言われたのか、とても、非常に気になるのだけれど……。



 しかし、ギリギリ繋いできた私の意識もそこで途切れてしまった。



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