第66話 大激怒! 世界レベル結界師

 数メートル先。

 拭った血で右の袖口を真っ赤に染めて、吹き飛ばされたはずの戦場先輩が若干前傾姿勢で。

 いつの間にか、右手に透明なハンマーを握りしめて半身で立っている。


 彼女はこちらを振り返り、私と目が合うと一つだけうなずいて。

 再びぼんやりと立つキモオタテイカーの方を向く。



「さっき言ったよねぇ? …………おまえはぶっコロすっ!!」

 そう言ってダッシュしながら右手を振り回すと、キモオタテイカーが後ろに吹き飛び、体育館のコンクリートでできた壁に吹き飛ぶ。


 壁にぶつかって赤いシミになってお終い。

 だったはずだが、そのままずるずると壁を伝って下に落ちる。

 ……! 結界をクッションに使った!? 殴るときも、壁にぶつかるときも!?

 あの人の結界の使い方は本当に常識を越えてる。


 さらに男の前まで歩いて行くと、

 ――ガスっ!

 おもむろに学校指定の靴で顔面を蹴り上げ、蹴り足は耳の横まで真っ直ぐ上がる。

 キモオタテイカーから見ればパンツが丸見えのはずだが……。


 先輩のパンツを見ることができたのかどうか、キモオタテイカーは空中で縦に一回転半して地面に落ち、勢いそのまま横に転がっていく。


 多分彼女のキック、テレビで見る格闘家みたいに板とか割れるだろう。

 あの見た目でなんと言うことか。

 私の知る最強格闘家カキツバタ。彼女を凌駕しているのは間違い無い。

 

「なんで、こんぐらいで、動けなく、なってんの、よっ! ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな、ふっざけん、なぁあっ、あぁ、あっ!? てぇーの!!」


 腹ばいにひっくり返った男の腹を、何度も何度もつま先で蹴り飛ばし、かかとで背中を執拗に踏みつける。


 ……魔法ですら無かった。この人の行動は読めない。


「が、がはっ、はがっ、ぐはっ……!」


「ほら立て、立つの、立ちなさい! 寝っ転がってんじゃあないわよ! なんとか言えっ! こんのおっ! クズっ! ボケ! カス! ブタあっ!」

 彼女がなにか言う度に、男の身体は地面を転がっていく。


「あんた脱がしてもつまんないから、内蔵取りだして解体ショーでもするかぁ!? この場で、あんたのハツでもぉ、串焼きにするか? あぁっ!? なんか言えよデブ!! されたい、とか、言う、つもりか! この、マゾ豚ぁ!!」


 今度は透明なハンマーで掃除でもするように殴りつける。

 男の転がる幅は数倍大きくなったが、どうやら手加減をしている。

 その理由とすれば……。


「うぶ、グホ! おげぇ……!」

「ちっ。……これ以上は月夜野ちゃんに迷惑か。――私、ゲスト扱いだったよね? とどめさしちゃ、協定上も、不味いよね?」

「お気遣いいただいた様で恐縮ですわ」


 そしてこちらも、いつの間にか戦場先輩の隣に腕組みで立っていたお姉様が、体中に風をまといながら“微笑んで”そう言った。

「どっちかと言えばさ。協定とかは別にあんまり気にして無くて。……人がぶん殴ってお終い、ってんじゃ、月夜野ちゃんの腹の虫が治まらないでしょ? 私が心配なのはそっち」


 ――月夜野ちゃんに恨まれたら恐いもの。先輩はそう言うと舌を出して笑う。


「確かに。大事な華さんを囮に……。桜さんを、仁史君を。危険な目に遭わせざるを得なかったわたくしの苦悩。とくと思い知っていただきたい気持ちを。――なんとしたことでしょう、わたくしとあろうものが。否定することが出来ませんわ」

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