第10話 無限コンビニ(下)
と、一気に空気が代わり駐車場がやたらに狭くなった。
いや、ただの広い駐車場に戻った。
そしてお馴染みの大葉さんの人払いの雰囲気。
「二キロは走ったぞ、かなり痩せた……。意外と走れるんだな、神代ちゃん」
「実はこう見えて私、持久走得意です!」
汗だくで疲労困憊の大葉さんに比べ、桜は額にうっすら汗を浮かべたくらいで、見た目はほぼ別れた時のまま。
もっとも彼女に関して言えば、不得意なものが何かあるのか。
そこから考えるべきなのである。
「回路自体はたいした事が無いが、フィードバックとアクシデントブレイクが無いとんだ欠陥回路だ。しかも起動した結界が術者の意思を無視してどんどん自己増殖、拡大すると言うろくでもない機能が付いてやがった。――何処で覚えた? あぁ?」
――ねぇねぇ大葉さん、それよりも。桜が大葉さんのシャツをツンツンと引っ張る。
「ん、なんだ? 神代ちゃん」
なるほど、何気ないあぁ言う仕草のようなもの。
それが桜と私の決定的な差になっているのだな。
覚えたところで私に使い道などないけれど。
だいたい、この私にアレを。どういったシチュエーションで、誰にやれというのか。
クラス全員。誰も、桜さえも。
教科書とノートを持って居なくなってしまった教室の中。
『仁史君。読書も良いのだけれど、そろそろ行かないと教室移動が間に合わなくなってしまうのでは無いかとそう思うの。……ねぇ、私の話。聞こえているでしょう?』
そう言って仁史君のシャツ、背中の部分を軽くつまんで、――ちょんちょん。
と、引っ張ってみる。
『……あれ、もう誰も居ねえの? はは、気ぃ使わせちまったか? サフラン』
『私はどうせ劣等生。だからその辺は構わないのだけれど、仁史君はそうじゃ無い。でしょ? それにまた。桜が、心配するから。だから……』
『はは……、わかったよ。付き合わせて悪ぃな、急いで行こうぜ?』
……。一瞬、仁史君にそれをやる自分の絵が浮かんで、それだけで顔が熱くなる。
変な妄想でにやけつつ顔が赤くなっている? ……うわぁ! みっともないっ!!
私の莫迦! なぜあり得ないシチュエーションを無理矢理精製する……。
アイリスだっ! 彼女が事務所に持ち込んでいたあの小説だっ!
――そう、このあと主人公とその男の子は、一気に距離を縮めて行くのだった……。
そんなのは小説の中の話だ。
もちろんやらない。やるわけない。私のキャラでは無い。
彼にそんな事は絶対、一生、やらない。やるわけない。
自分で良く分かっている。そう言った女の子らしい仕草のようなものは、悔しくもあるが、私には決定的に似合わない……。
「ね、大葉さん。建物の中に、エージェントの人が居るんでしょ……?」
「今すぐ死にゃしないよ。おっちゃんはもう疲れて……。わかったよ、わかった。神代ちゃんにゃかなわねぇや」
そう言いながらこちらに向き直る。
「クロッカス、建物に精神迷路と認知封印が張ってある。タイミング的にダブルでブレイクしないと残った方が暴走する可能性があるんだが、今の俺には無理だ。疲れちまって……。ん? 少しお前も力使いすぎじぇねぇのか? ……顔色がおかしいな、大丈夫か?」
「な、ななななにを言っているの! も、もんだひ、ひ? もとい。問題ありません! どこからどう見ても絶好調いがいがいのなにものでもありますん! ……い、行きます、ブレイク!」
コンビニの建物を覆っていた見えない膜は、私の声と共に粉々に砕けた。
「いや、一時はどうなることかと思ったよ。ありがとう、実は僕は諜報部の、……って。え?」
“自動”。と書かれたステッカーの貼ってあるドアを手で押し開けて、コンビニだった建物から長身の男子が出てくる。
スラリとした長身、|うつくしヶ丘(我が校)の制服、ネクタイの色は一年生。
サラサラの前髪に眼鏡の顔は……。
「……神代さん!?」
「委員長! なんで!?」
「サフランさん。いや、執行部統括クロッカス課長。……えぇと。改めて諜報課のラベンダーこと、
桜が、基本的に悪くない感情を抱いているクラス委員長。彼が諜報課?
「
「気にしないで良いわ。……お互い、仕事だから。それに、あなたを助けたのも実質私ではないし」
これで桜と委員長の距離が縮んだ場合、桜は喜ぶのだろうか?
……正直なところは良く分からないし、個人的にはあんなトリモチに捕まるスパイが相手では納得がいかない。
桜に釣り合う男子。という基準も、私としては中々に設定しづらいところ、ではあるのだが。
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