第35話 最強召喚士、攻められる前に戦いを仕掛ける

「イビル、落ち着いて聞いて欲しいんだ」

「なぁに~?」

「キミだけでこの廃村を守ってもらうのは大変だって思ったんだ。それに新たな住人も増えたから、外側を守ってもらおうと思って……それで召喚を~」

「うふふ~怒ってないよぉ? 何を怯えているの~?」

「そ、そうか。そ、そういうことだから、えーと……獣さんの名は?」


『我が名は大地神ティーターン……』


 呼んでみたら神さまだったという何とも意外な召喚をしてしまった。


 神に村を守らせていいのだろうか。


「村の中は妖精のイビルが守るから、あなたには外をお願いする」

「承知」


 返事をしたティーターンは、大男の様相を崩さずに、軽く地面を揺らしながら村の外に出て行く。


「ライゼルちゃん」

「え?」

「大地神さまが女の子じゃなくて良かったよ~? もし女の子だったら、追い返していたの~」

「は、はい……それはあの、ごめんなさいでした」

「あらあら~」


 癒しの妖精であるイビルを怒らせてはいけない。


 それは毒舌を吐かなくなってからも守っている最重要事項だ。


「ふぅ……これで外も中も守りは大丈夫かな」

「バリーチェ、何が大丈夫なのだ?」

「あぁ、ムルヴか。その姿のままで退屈じゃない?」

「どうしてなのだ? 余はバリーチェの妻なのだから、傍にいてやらなくては駄目なのだ」

「つ、妻って……」

「何だ、違うのか?」

「そんなことは簡単に言っては駄目なんだよ」

「ふみゅぅ……そうなのか……」


 ムルヴの獣耳がヘナヘナと垂れ下がっていくだけで、何だか悪いことを言ってしまった気になる。


「そ、そんなことはないからね? ほ、ほら、よしよし……」

「む~……耳は触れるなと言っているのだ」

「と、とにかくムルヴは空を飛んで、上空から周辺の様子を見てくれるかな?」

「分かったのだ」


 少女姿になると、どういうわけか甘えて来るムルヴだが、言うことを素直に聞くので大変ではない。


 俺が召喚した獣のうち、今まであからさまに好意を見せて来たのはルムデスとトルエノだ。


 もっともトルエノは、そんな感じでは無く、むしろルムデスだけが二つ目の契りから変わり、今に至る。


「お呼びでしょうか? ライゼル様……」

「わっ!?」

「……何か?」

「い、いや、何でもないよ」


 そういえばトルエノと同様に心の中で思えば、それが彼女たちには伝わるんだった。


「ところで、何か変わったのですか? 見たところ、外には守りの獣……それと見知らぬ人間の姿も見えますが、敵ではないのですね?」

「敵だったら入れるわけないよ。それよりも、体は大丈夫?」

「ラ、ライゼル様が、わたくしのことを労わって……あぁっ、何て幸せ者なのでしょうか」

「大げさにしなくても……」

「いいえ、この身はライゼル様のモノ。そんな労わりのお心には、持ちうる力でお返しするべきことにございます。どうぞ、ご命令を下さい! そしてライゼル様のお傍にずっと――」


 出会った当初とは打って変わって、ルムデスの態度も性格もあまりに変わってしまった。


 彼女の場合は強制召喚だったことも関係しているのかもしれない。


「ライゼル様」

「うん? どうかした?」

「ご、ご褒美はいつでしょうか……」

「あ、あー……そ、それは、ここに攻めて来る連中を退けてからにしようかなぁって」

「人間が近づいているのですね? 分かりました。ではライゼル様、わたくしから離れないで下さいませ。このまま外へと向かいます!」

「へっ? ぅわっ――!?」


 彼女へのご褒美を誤魔化す為とはいえ、攻めて来ようとしている人間に先手を打つことになった。


 ルムデスに手を引かれたまま、勢いで村の外へ出てしまった。


 お互いに話す余裕も無いまましばらく走り続けていると、何かに気づいたルムデスが目配せをする。


「(茂みの中に)」

「……分かった)」


 流石と言うべきか、サーチ範囲が広いルムデスは、エルフ特有の聴覚ですぐに何かを察知したようだ。


「ライゼル様、少数ですが人間にしては力の強い者たちが向かって来ています。どうされますか?」

「どうって、俺を狙って村に近づいているんだ。先手を打って、追い出すしかない」

「分かりました。ではここで光の壁を作ります。思う存分に召喚をして下さいませ……」

「ルムデスは戦わないの?」

「心配は必要ないかと思いますが、あなたをお守りするのがわたくしの役目なのです」

「そ、そっか」


 ヨルムンガンドという大蛇を吹っ飛ばした俺だったが、最弱時代が長すぎた感覚が抜け切れていない。


 特にトルエノに頼りすぎていた部分があったせいか、ついつい彼女たちを頼ってしまう。


 隠れながら冒険者の一団を見てみると、冒険者というよりは、手練れの武装修道士にしか見えない。


「よ、よし、行くか」


 一団が通り過ぎた所で、後ろから声をかけて近づこうとすると、気配に気づいていたのか彼らはすぐに振り返った。


「手配書の召喚士だな?」

「そ、そうだ。お前たちは?」

「隠れているエルフも中々の強さのようだが、何故出て来ない? ヌシらは何故世界を陥れようとしている?」


 世界を陥れようと思ったことは……いや、支配しようと決めたから同じか。

 

「理不尽な者を征伐するだけだ。そこには悪意も何も無い」

「悪意が無い者が凶悪な召喚獣を従えて、弱き召喚士を灰にしたというのか?」


 弱き召喚士というと、イゴルたちのことなのか? 昔の俺とまるで逆なことを言われている。


 それにロランナ村のギルド親父と闇エルフのユーベルは、相当に饒舌だったようだ。


 それともこの世界の人間、ギルド所属の冒険者は戦う敵がいれば、深くは考えないのだろうか。


「灰にした。お前たちもなりたいのか? 言っておくが、俺を討伐する為に来たのなら――」


 俺の言葉を聞くまでも無いと目で訴えて来ている男たちは、相当なやり手なのかもしれない。


 武装修道士といえば、レグルスがいた城塞国ル・バランにもいたけど、そこからの連中なのか。


 5,6人の男たちのほとんどは、髪は全て削ぎ落とした修道士の姿をしていて、見た感じは初老に見える。


「召喚士であれば、生身ではきつかろう? 呼ぶなら呼ぶがいい」

「……それはどうも」


 正直言って、イゴルとルジェクに向けていたような復讐心といった深い暗闇を彼らに持ってはいない。


 そんな俺を、敵と勝手に認めて攻めて来ているだけの関係に過ぎない相手だ。


 とはいえ、トルエノの言う甘さを持ち続けていては、世界を支配することは出来ないだろう。


『我、その視線は不快なれど、かの者たちを鎮めたく願う者……契約に従いし獣よ、此処、この地に示せ』


「ほぅ? それが召喚士が唱える言か。何を呼ばれたかは知らぬことだが……が……う、動かぬ」

「な、何だこれは……我々の体が石になっていく……だと!?」


 最初はなからまともにやり合うつもりなど無かったので、石化する獣を呼び出していた。


『悪いが、あなたたちはそれなりの手練れと見ていた。この地に向かって来る連中をこの先へ行かせないように石像となってもらう。石像となっても、此処を守る意思を持った存在となるだろう』


「ぐぐぐ……は、謀られたの……か……」

「……な、何とも無力……」


 少数であっても、体つきが凄まじかったことを幸いとし、武装修道士たちを道塞ぎの石像とした。


 自分がどれほどの強さとなったのかなんて、いまいち分かっていない。


 それでもこんな強さの俺を苦戦させるような冒険者がいたら、それはそれで大変なことが予想出来る。


「ライゼル様、さすがです」

「い、いやー何もしてないからね?」

「いえ、確かに石化は有効でした。生身で戦いを挑まれていたら、ライゼル様は傷を負っていたはずです」

「え? 俺には耐性もリジェネレーションもあるんだよ?」

「そうですが、それはあくまでも魔法に対しての攻撃に特化しているだけではないでしょうか? もちろん、通常の物理攻撃にも耐えられるはずですが、獣相手と特化した人間相手では勝手が違うかと……」


 比較のしようがないので何とも言いようがない。


 確かに今までの戦いでは、ほとんどが魔法攻撃だった気がする。


 騎士たちの剣が体に当たる前に身動きを取れなくしていた。


 もし直に切られでもしたら、痛覚はあるということが分かってしまうのか。


「フフッ、心配させてしまいました。そうならない為にわたくしがお傍におります。申し訳ございません」

「そ、そうだよね。俺も油断しないようにするから、ルムデスも気を付けてね」

「ええ。それと、向かって来るのは人間だけに限りませんので、この点もお気を付けくださいませ」

「う、うん」


 ギルドと冒険者に限らずの敵を支配するとか、大変なことが始まってしまったかも。

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