第30話 最強召喚士、悪しき召喚士を堕とし冥界へ案内する 後編

 うう、何かないのだろうか。


 牛を呼んだ時も散々ルジェクにバカにされたのを思い出した。


 トルエノが出て来てくれたらデカい蛇でも関係なさそうなのに何を呼べばいいのか。


 召喚した獣で戦うのだから、トルエノでいいような?


『どうしたどうした~ライゼルが呼べるのは犬と爺だけか? それとも諦めて泣き叫ぶか?』


 余裕を見せているイゴルは、ヨルムンガンドに攻撃の指示を与えてもいない。


「闇黒より現れし闇のキュリテ……我が求めに応じ、其の力を此処に示せ!」


 一度も闇黒に帰還させたことのない悪魔の女王トルエノ。


 二度の契りの後も彼女を呼ぶ言を唱えて来なかったが、今回初めて言を唱えてみた。


「フフフ……」

「ト、トルエノ、来てくれたか! 目の前の蛇を倒せ!」

「あの程度、主さまのお力だけで十分に消し去れます。せっかく言を唱えて頂きましたけれど、楽しみは後に取って置かせて頂きますわ」

「ええ!? 俺一人だけでヨルムンガンドを? そ、そんな……」


 大人の姿で呼び出したトルエノは、俺には見向きもせずにお爺さんと犬たちに近づいて話を始めていた。


 ――その直後、激しい振動が起こったと同時に、蛇の尻尾で俺の全身は強い衝撃を受けていた。


『おぉ、すげえ……最弱にも容赦ねえな。感謝しろよ、ライゼル! 俺自らでてめえをやりたかったが、神の末裔であるヨルムンガンドが直々に相手をしてくれるんだ。喜んで逝け!』


「――うわーっ!?」


 一瞬何が起きたのか分からないまま、俺の体は空に浮き、そのまま地面に叩きつけられていた。


「くっ……」


『へっ、しぶとく生きてやがんのか? 血が出てねえところを見ると体の中だけで骨がバラバラにでもなりやがったようだな! はははは! いい気味だ、弱虫野郎が!』


 ――って、あれ? 痛くない?


 あれだけ全身に衝撃を受けたのに、骨が折れるどころか力がみなぎって来ている感覚を覚えている。


 鋭い尻尾で俺を弾き飛ばしたヨルムンガンドは、追撃をするどころかイゴルのいる位置に、後退しているようにも見える。


「くくく、我が主ライゼルよ。キサマはすでに何物の攻撃も受け付けない人間だ。あの程度の蛇など、キサマだけで吹き飛ばせるはずだ。あの蛇を空へ吹き飛ばすがいい! さすれば、セーンムルヴが始末をするだろう」


 トルエノに言われるよりも先に、俺だけが見えていた全てのスキルが見えなくなったのは、そういう意味だったと気付いてしまった。


 スキルは確かに途中まで見えていて、召喚だけは減り続けていた。


 その意味は召喚するスキルはすでに必要が無くなり、他の耐性スキルや力のスキルについても数値化する意味を成さなくなっていたということらしい。


 気付いた俺は、狼狽えるイゴルを尻目にヨルムンガンドとの距離を詰めて行く。


『あ? な、何!? て、てめえ……何で動いていやがるんだ?』


『我は闇黒を支配する者、ライゼル・バリーチェ。我に捧ぎし闇黒の咎めの力……その身で償え!』


 近くにそびえるヨルムンガンドに畏怖を感じることなく、大蛇の身に手を当て言を唱えた。


 刹那のごとく大蛇ヨルムンガンドは、俺からの威圧な力に耐えうる意志は既に無くしていた。


 逆らうことなく吹き飛ばされ、その身はムルヴによって捕まっているようだ。


「な、何しやがった!? か、神の末裔で、俺が呼んだ中で最強の召喚獣だったはずだ……!」

「……ただ力を入れて押しただけだ。どうした? イゴル。俺を嘲笑うんじゃなかったか?」

「こ、この野郎……て、てめえは俺が手を下して殺すしかねええええ!」


 よほど悔しかったのか、手にしていた杖を使うことなくイゴルは素手のままで俺に向かって来た。


 イゴルの攻撃は召喚ではなく、単純な殴り攻撃を繰り出している。


「くそっ、くそがあああ! 生意気に避けんじゃねえええ!」

「はは、そうやって遊んでくれていた時はまだ許せていたな。召喚士イゴル、あんたの命はすでに残っていない。そして俺にはあんたのあらゆる手段と攻撃は効きやしない。惨めだな、イゴル」

「ああああああ! くそおおおお! こ、こんな野郎に当たりもしねえぞ、くそが!」


 このまま俺の力だけでも消すことは可能だった。


 それでも、女王トルエノに全てを任せることにして、俺自身はイゴルに慈悲を与えることにした。


「召喚士イゴル、俺からの慈悲だ。俺はあんたに何もしない……今ここで泣きじゃくりながら土下座をすれば、命だけは助けてやってもいい。力をつけて、また俺に挑んで来てもいい。最弱イゴルと呼ばれてもいいならな!」


「寝言をほざくなぁぁぁぁ! お、俺は上級召喚士だ! ライゼルごときなんかにやられるわけがねえ!」


 言葉だけはまだ威勢があり、俺に対して弱さを見せることはないらしい。


『くっくっく、我が主の慈悲に抗うとは、所詮はノミか』


「お、女!? な、何だこいつ……黒い翼? ま、まさか、ライゼルてめえ……冥界の悪魔と契約しやがったのか!? くそ、くそっ……悪魔なんかに魂を売った最弱野郎に負けるってのかよ!」


『ひれ伏せ、下等なる人間! 我が主ライゼルとは、我が契りを結んだ大いなる召喚士。キサマごときノミとは器が違うのだ。くく、このまま灰となることを望むか?』


「い、嫌だ……嫌だぁぁぁぁぁ! お、俺は上級召喚士イゴルなんだ。ロランナ村の英雄で、村の連中どもを守って来てやったんだ。こ、こんなところで灰になりたくないんだぁぁぁ!」


「フフ、惨めですわね。ライゼル様、どうなされますか?」


 オリアンよりもルジェクよりも……無様な醜態を俺に見せつけているイゴルの姿は余りに惨めすぎた。


 地べたに這いつくばりながら、この場から必死に逃げようとしている。


 俺には土下座をするつもりもなく、周りの冒険者に構う余裕も無い哀れな男と成り下がっていた。


「トルエノ、やれ!」

「フフフ……灰にするのは簡単ですわ。ですが、あなた様の召喚で呼び出された冥界の案内人に、全てをお任せしますわ」

「え?」

「冥界のクリュメノスと、三匹のサーベラス……フフ、とうとう冥界の番人をも召喚せしめたのですね。それでこそ、我が待ち望んだライゼル様のお力によるものですわ!」


『う、うわうわうわうわ!? た、助けてくれえええええええ、ラ、ライゼル! お、俺を俺をゆ、許してくれーー! い、犬……ば、化け物が……く、来るな! 来るなぁぁぁぁぁ!?』


 可愛かった3匹の犬は、その姿とは打って変わって鋭く尖った剥き出しの歯を、イゴルに見せつけている。


「ひいいいいいい!? く、来るな! あ、あうあぅあぅあ……た、助け、助けて、助けて! ラ、ライゼル、お、俺を助けて、く、ください……」


 サーベラスたちの尖りの刃で、イゴルはズタズタにされる……それも悪くはない、そう思えた。


 それくらい、イゴルの惨めすぎる泣き顔は無様すぎた。


「うわうわっうわうわうわ!? や、やめ、やめて……ラ、ライゼル様、どうか、どうか……俺を……」


 オリアン、ルジェク……そして最後に残ったイゴル。


 上級召喚士の人間の末路とはこうも滑稽なものだなと、今のイゴルを見ればそう思うしか無かった。


「我に呼ばれし、冥界のクリュメノスよ。イゴルを冥界へと連れ、審判を下せ!」


『は、我が主の命を受け、必ずや下させて頂きまする……では、キュリテよ、また垣間見える日を!』

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