第13話


「オルガ」


エイギースの処罰を見届けて、そのまま王都を追われるオルガの背に神官長は声をかけた。

オルガが新人見習いから神官見習いとなった時に、師弟関係になったのが神官長だった。

オルガは元々貴族の血を引く子息だった。

しかし、それが貴族たちの不正を正した『大粛清』で、爵位剥奪の上、家は取り潰されて家族や親族は処刑された。

あの頃は不正をしていた貴族が多く、貴族全体の半数が粛清を受けてこの世から消えていった。

そんな中でオルガが助かったのは、まだ就学前の幼子だったこともあるが、不正の証拠を一人で纏め上げてこの神殿に持ってきた事にある。

のちにオルガに聞いたことがある。

「なぜ、父たちの不正を正そうとしたのか」と。

その時、オルガは悔しそうに俯いて、呟くような小さな声で『きっかけ』を話してくれた。


「ある朝、僕は門の前に沢山の人々が集まっているのを見ました。彼らは前日から続いた雨の中を歩いて来たのか、全員ずぶ濡れでした。僕は気付かれないように隠れたのです。なぜ隠れようと思ったのか、覚えていません。ですが、僕は彼らからも、騒動に気付いて出てきた父と兄からも何故か『気付かれてはいけない』と思ったのです」


そこまで言ったオルガは、当時のことを思い出したのか、強く目をつむり、両手を固く握る。


「彼らは父の犯した罪を被せられ、大雨の中、着の身着のまま邸を追われた貴族とその家族、そして使用人たちでした。僕がいることに気付かない父は、彼らを嘲笑ってこう言いました。「お前を友と思ったことはない」と。そこで気付きました。父が唾を吐いた男性は、幼い頃から僕を可愛がってくれた伯爵だったのです。そして父は言いました。「お前がこの私に出来るのは『私の罪を背負って死ぬこと』だ」と。それで父が罪を犯していることを知りました。そして、それを兄も知っていると」


「兄君はご存じなかった可能性は?」


神官長がそう尋ねると、オルガは黙って首を左右に振った。


「あの伯爵たちの中に、僕が姉のように慕っていた令嬢はいませんでした。兄に騙され、莫大な借金を背負わされ、奴隷商経由で国外へ売られていたのです。伯爵令嬢は、兄から渡された書類を伯爵の書斎や私室の『目立たない場所』に隠して回ったのです。そして、何も知らずに財産を兄に渡すと署名してしまったのです。上の二枚には兄との婚約を了承する内容の書面を。それはお互い一枚ずつ控えを持つために。下の四枚には、自身の不義により兄との婚約破棄を認めること。婚約破棄により伯爵家の財産すべてを兄に譲ること。それでも足りないため、自身の名義で莫大なお金を借りること。最後が自分の身を借金返済にあてるための『借金奴隷契約書』」


そのすべての書類は、伯爵令嬢自身の魔力で署名された。契約書や誓約書などの重要な書類には、自身の魔力で署名することになっている。それはあとから訂正や破棄などの不正を防ぐためだ。

そして『正式な書類』を提出された貴族院は、伯爵家を差し押さえ。そして、財産の調査をしていた管理部財産課の書記官たちによって、伯爵令嬢が隠した『不正取り引きの証拠書類』が見つかった。オルガの邸へ救いを求めてきた伯爵家と使用人たちは管理部に連行され、厳しい取り調べを受けた。そこでようやく、オルガの父と兄に陥れられたことに気付いた伯爵は、『破滅を願う』という血文字を残し死を選んだ。管理部でもこの不可解な不正事件に疑問を持つものも多く、伯爵の死を理由に調査を終了した。

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