第42話 社長出向

 ギガントタイガーの討伐を終えて、他の会社の符術士と協力して腑分けをして、素材を分配して。

 しかしその腑分けを途中で切り上げ、美味しいところは置いといてその時回収できる素材だけを貰ってきた俺たちは、いち早くアルテスタの社屋に戻ってきた。

 すると、階段のところで間渕さん、標さん、牟礼さんの三人と顔を合わせた。三人揃って移動中、という様子である。


「ああ、課長、交野君。おかえりなさいませ」

「お疲れ様です」

「あれ……」


 間渕さんと標さんが俺と課長へと声をかけてくる。当然、予期しないタイミングでの遭遇に俺は目を見開いた。


「間渕さん、標さん。それに牟礼さんも。どうしたんっすか、揃ってこんなところで」


 何事か、と三人に問いかけると、とっくに人間の姿に変化して服装も現代的なそれに戻した課長が、俺の腕を小突く。


「元規君、さっき時雨ちゃんが言ってたでしょ。『16時から社長が全社員にお話があります』って。今、16時」

「えっ、あっ」


 言われて俺は思い出した。先程のギガントタイガー討伐後のタイミングで、間渕さんが「16時までには戻ってくるようにしてください」と言っていた。

 慌ててエントランスにかかっている壁掛け時計に目を向ける。15時59分。


「マジだ……うわあぶねー、間に合った」

「腑分けを途中で切り上げてきて正解だったね。急ぐよ」


 ギリギリ間に合ったが正直遅刻も同然だ。冷や汗をかく俺にもう一度課長が腕を小突いてくる。

 三人はもう二階へと向かっていく様子だ。牟礼さんがくいと長い顎をしゃくりながら言ってきた。


「二階ノ大会議室ニ集合ダ、遅レルナ。課長モ、ヨロシクオ願イシマス」

「はーい」


 牟礼さんの言葉に課長も軽く返し、三人とは逆、地下一階へと降りていく。俺もその後に続き、回収してきたギガントタイガーの素材を腑分け室に置いて、急いで着替えて二階へと階段を駆け上がった。

 既に16時は回っている。恐る恐る大会議室の扉を開けると、開発課、総務課、全社員が並んでいた。壇上では四十万社長が立ったままこちらを見ている。


「失礼しまっす」

「竜三ー、もう始まってるー?」


 頭を下げつつ中に入ると、課長が気安い様子で社長に声をかけた。さすがは昔馴染み、この辺の対応は気楽なものだ。

 俺と課長に目を向けながら、社長がぺろりと舌を舐めずる。


「お前らが来るのを待っていた……これで全員揃ったな」


 そう言いつつ、姿勢を直し。社長は改めて俺たち社員にまっすぐに向き直って、今回こうして集めた理由を話し始めた。


「アルテスタの全社員に報告だ。俺は明日から、シロクラボ株式会社に出向になる。期間は今のところ一ヶ月を予定しているが、状況によっては出向が伸びるかもしれん。俺がいない間は総務課課長の野際のぎわとおるが社長代行として業務を行う。長期の不在となるが、お前らはいつものように業務に当たれ」


 その発言に、社員の全員がざわめき始める。

 それはそうだ、会社の社長が他の会社に出向になる、というだけでも普通じゃないのに、それが一ヶ月。長いなんてものではない。


「一ヶ月!?」

「随分不在が長くなりますね……」


 周囲からも困惑と驚きの声が上がっていた。間渕さんも標さんも驚きを隠せないでいるようだ。

 俺の前で、課長がすんと鼻を鳴らしながら言う。


「シロクラボ、かぁ」

「めっちゃ大手の工房っすよね、そこに出向……すげー」


 課長の言葉に呼応するように、俺ははーっと息を吐き出した。

 シロクラボ株式会社は護符を制作する工房としては日本で最大手、東京都千代田区丸の内の一等地に巨大な本社ビルを構えるくらいの巨大企業だ。

 社員数はグループ企業や参加の企業を含めれば余裕で千を超える。魔法名だけを発すれば発動できるという護符の使い勝手の良さも含めて、日本国内では不動の地位を築いている会社だ。

 そこに、出向。さすがは引退してなお護符業界に大きな力を持つ、四十万竜三である。

 社長秘書の秋津さんが、手元の資料に目を落としながら話す。


「シロクラボ株式会社の社長でいらっしゃる明神みょうじん社長から、新作の護符を制作するにあたってご協力をいただきたい旨、四十万社長にお話がありました。今回はそのための出向となります。皆さんにはその旨、ご了承いただければと思います」


 秋津さんの言葉に、ますます社員のざわめきが大きくなる。

 シロクラボの社長から直々に声がかかり、護符の制作に協力を、などと、並大抵の人間ではそりゃならないだろう。これは、社長直々に行かなければどうしようもない。


「そりゃあ……断る理由なんて、ないですよね」

「……フン」


 標さんが小さく声を漏らすと同時に、牟礼さんが鼻を鳴らした。

 他の社員たちのざわめきも収まってくる中、社長がサングラスを直しながら改めて俺たちに声を飛ばしてきた。


「以上だ。全員、明日以降も通常通り職務に邁進まいしんするように」

「社長からのお話は以上となります。お集まりくださりありがとうございました」


 秋津さんの言葉で、集まりは解散だ。総務課、開発課、俺たち試験課、それぞれがばらばらと大会議室から出ていく。

 と、そこでだ。会議室から出ていこうとする俺たちの先頭、課長へと吾妻先生が声をかける。


「路夫」

「泉那ちゃん?」


 短く声をかけつつ、課長に手招きをする吾妻先生。その表情は随分と険しい。

 すぐに、課長が俺たちの方を振り返りながら言った。


「皆、先に地下戻ってて。さっき狩ってきたギガントタイガーの皮とか爪とか、後処理よろしく」

「了解っす」

「わかりました」


 課長はさっさと吾妻先生の方へと歩み寄っていった。言われた俺たちは大会議室を出て、下の階へと降りていく。

 その最中に。前をゆく開発課の猪爪さんが、渡来さんへと声をかけていた。


「どう思う?」

「他の会社さんならともかく……あの・・シロクラボだもんなぁ」


 スライムの身体をして、ずるずると階段を降りていく渡来さんが、ため息をつきながらこぼしている。

 そして渡来さんと猪爪さんの後ろ、俺の同期である千葉君が、心配そうに声を出した。


「で、ですよね……社長、大丈夫でしょうか……」

「ん……?」


 その言葉に、俺は目を見開いた。

 社長が大丈夫か、とはどういうことか。何か社長の身が危険に晒されてしまうのだろうか。

 一階に降りて、開発課と総務課が自分たちのスペースに戻り、試験課の三人が地下一階へと降りていく中、俺は千葉君を追いかけてその肩を掴んだ。


「千葉君、大丈夫ってどういうことだ?」

「あ、交野さん……」


 俺に声をかけられ、千葉君が視線をさまよわせる。

 何というか、言葉に悩んでいるような、話していいのか悩んでいる様子だ。少し考え込んだ後、千葉君が声を潜めて話し出す。


「その、大きな声では言えないんですけれど……シロクラボ、大きい会社だってこともあって、良くない噂もあるんです……非合法ノンライセンスの護符を製造している会社が傘下にいるとか、自社製品のテスト相手に魔物の社員を使っているとか……」


 その言葉を聞いて、俺も目を見開いた。

 確かにシロクラボ株式会社は、大手である故に黒い噂も絶えない会社だ。あれやこれや、問題を抱えてはそれをもみ消しているような会社だ、とも聞いている。

 そこに、社長からの依頼とはいえ四十万社長が向かう。なるほど、千葉君の心配も尤もだ。

 と、ますます声を潜めながら千葉君が言う。


「それに……魔物を異世界から・・・・・・・・召喚している・・・・・・って話も、聞こえてくるんです……」

「……マジで?」


 それを聞いて俺はぎょっとした。

 異世界からの魔物の召喚。それはむしろ犯罪だ。なにせ、不意に魔物が地球にやってくるだけでも大騒ぎ、魔物を召喚するためのゲートが開かれたら厳戒態勢が敷かれるのだから。

 予想外にヤバそうな噂を聞いてしまい、俺は上の階で話しているであろう課長と吾妻先生、あるいは四十万社長が気になって仕方がなかった。

 社長が無事だといいのだが、その思いだけが俺の心には渦巻いていた。

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