第35話 課員訪問
明くる日。俺が何度目かの外皮形成手術を経て皮膚の張り替えを終え、リハビリを終わらせて病室でテレビを見ていると。病室の扉が開いて複数の足音がこちらに近づいてきた。
そちらに目を向けると、そこには見知った顔が三つ。アルテスタの試験課の三人だ。
「交野さん、お見舞いに来ました」
「大丈夫? 具合とか悪くない?」
「あ、間渕さん、標さん、牟礼さんも」
久しぶりに見た先輩達の顔に、俺の表情が和らぐ。数日間とはいえ、会えなかった相手、見ることの出来なかった顔だ。先輩達もなんだかんだ、仕事が忙しくて見舞いに来れなかったのだろう。元々人手の多い部署ではない。
牟礼さんがベッドで身を起こし、テレビの電源を消す俺を見ながら、ふんと鼻を鳴らして言った。
「ナンダ小僧、思ッテイタヨリぴんぴんシテルジャネェカ」
「腕の骨折ですもの、身体自体は元気ですよ。そうですよね?」
彼の言葉に苦笑を向けながら、間渕さんが俺に水を向ける。
対して、自分の右手に視線を落としながら目を細める俺だ。見た目はもう、人間の腕と全く変わらないようになった。しかしまだリハビリの途中、手はそんなに思い通りに動かせない。
その事実が少々もどかしくて、小さく笑いながら曖昧に返す俺だ。
「ええ、まあ……そっすね」
「フン」
俺の返答にもう一度鼻を鳴らすようにしながら、牟礼さんが眉間にしわを寄せる。そのまま彼は、俺の右手を見やりながら口を開いた。
「ソレデ小僧、
「えっ?」
その核心を突いた言葉に、間渕さんがきょとんとした声を発した。俺も同様に、驚いて目を見開く。
確かに腕の取り替えは済んだし外皮も貼り替えた。しかしそのことを、俺はまだこの面々には伝えていない。会社に連絡もしていないから、俺が言い出さない限り知ることはないはずだ。
と、何か得心がいったらしい標さんがぽんと手を打つ。
「あ、あー、そういうことです? 四肢置換法。へー、あれをやったの、交野君」
「まあ、そうっすけど……なんでわかったんっすか、外皮形成手術はもう済んだのに」
彼の言葉に小さく首を傾げながら、俺は牟礼さんに目を向けた。右腕を肩から動かし、ゆっくり持ち上げる俺に対して、牟礼さんが顎を小さくしゃくりながら言う。
「手ノ形ダ」
「手?」
そう話す彼が目を向けるのは、持ち上げられた俺の右手だ。牟礼さんが自分の、獣人らしく角張ったごつい手を差し出しながら言う。
「魔物ノ手トイウモノハ、人間ノソレヨリモ全体的ニ大キイ。限リナク人間ノ手ニ近イ形ヲシテイルガ、細部ハドウシテモ大キクナッテシマウモノダ」
自分の指、手のひら、手首を触りながら牟礼さんが説明する。そういえば確かに、獣人の人は手が大きいし、指も太い。人間より全体的にごつい手だ。後衛型で、拳銃を主に扱う牟礼さんの手ですらそうなのだから、種族としてそういう傾向があるのは間違いないだろう。
牟礼さんが俺の左手を取り、持ち上げながら話す。
「自分ノ右手ト左手ヲ並ベテ置イテミロ。右手ノ方ガ厚ミガアルダロウ」
「あ……あー、そっすね、確かに」
言われるがままに左手を持ち上げ、右手の横に並べながら俺は声を零した。確かに手の甲も右手の方が厚いし、指の関節も太く見える。
ほうと息を吐きながら、間渕さんが言葉を漏らした。
「そういうことですか……腕を固定していないから、おやと思ったものですが」
「四肢置換法は新しい術式だからね、回復も早くできる。お金はその分かかっちゃうけど、交野君の場合は労災が降りるから、まだいいでしょ」
標さんもため息交じりに言いながら、俺の肩に手を置いてくる。
その気軽な言葉に頷きながら、俺も苦笑を返した。
「まあ、ラッキーだって言ったらその通りなんっすよね。おかげで最新の治療法を自分で体験できたっすし」
「調子のいいことを言ってくれますね」
気楽に言う俺に対して、間渕さんが肩をすくめる。本当に我ながら調子のいいことを言っていると思うが、実際調子よく言っていないとやっていられないのだ。
「ともあれ、元気そうで安心しました。退院の日取りは、まだ決まっていないんですよね?」
「あ、そうっすね……まだリハビリが終わってないんで。右手、まだちゃんと動かないっすし」
間渕さんの言葉に俺が頷くと、標さんも大きく頷いて腕を組んだ。
「うん、そこは焦らずじっくりやっていこう。交野君は特に前衛型だから、焦って現場復帰して仕事に支障が出てもよくない」
「ソウダ。中途半端ナ仕事ヲサレタラ、コッチガ困ル」
牟礼さんも小さく舌を打って、俺から視線を逸らして言った。愛想の欠片もない言葉ではあるが、彼なりの思いやりなのだと今なら分かる。
それからリハビリのことや、ここ数日の入院生活、俺が入院した後の試験業務などなど、いろいろと雑談を重ねていく中で、間渕さんがにこやかに笑いながら言う。
「それにしても、四人部屋ですか。大丈夫ですか、他の患者の方に迷惑をかけたりなどは」
「だ、大丈夫っすよ」
唐突なその言葉に、俺が慌てて返した。他の人に迷惑をかけるようなことは、していない、はずだ。
そのまま自然と視線が他のベッドに向いて。一緒になって他のベッドに目を向けた標さんが、唐突に一つのベッドで視点を止めた。
「あれ?」
標さんが目をとめたのは俺の隣のベッド、鷹嘴さんのベッドだ。今もそのベッドは空いたまま。鷹嘴さんの姿はない。
「標さん、どうされました」
「この名前……待てよ、確かどっかで」
ベッドの上に差し込まれた鷹嘴さんの名前を覗き込んで、難しい表情をする標さん。彼の言葉に首を傾げて、俺が話を切り出す。
「鷹嘴さんっすか? 確か大宮とか、いろいろなところの符術士訓練学校で教えていた人だって……」
「あー、そうか、その鷹嘴先生か!!」
と、説明の途中で標さんが声を上げて手を打った。どうやら思い当たる名前だったらしい。さすがは鷹嘴さん、有名人だ。
牟礼さんが鼻っ柱にしわを寄せながら、標さんに目を向ける。
「ナンダ、知リ合イカ」
「僕の出身校の名物教師だったんですよ、いろんな学校を渡り歩いて、有名な符術士を何人も育ててきた名伯楽だと」
標さんのその言葉に、間渕さんも目を見開いた。
「あっ……なるほど、確か社長や課長からもお話を伺ったことがあります。魔素症にかかりながらも後進を育てることを止めず、丁寧に教えを施した、立派な方だったと」
「あー、そういえば鷹嘴さん、四十万社長と会ったこともあった、って言ってたっすね……」
そういえばそんな話もして、そんなことを聞いたなと思い出しながら俺が言葉を零すと、標さんがうらやましそうに笑いながら俺を見た。
「そうかー、そんな人と同室になるなんて、交野君、ラッキーだったね」
「ダガ、入院シテイルナラドウシテ今ココニ居ナイ? ダイブ高齢ナノダロウ」
「あ……」
だが、そこで牟礼さんから俺に投げられた質問。尤もらしい質問だ、入院しているなら普通、ベッドに居るはずなのに。鷹嘴さんはここ数日、このベッドに戻ってきていない。
言葉に詰まった俺の瞳が、いやなものを思い出したかのように見開かれた。それを見た三人の首が、揃って傾く。
「……?」
「交野君?」
その空気に、いたたまれないものを感じた俺だ。慌てて視線を巡らせて、ベッド脇のサイドテーブルの引き出しから社有スマホを取り出す。入院したときからずっと手元にあって、返せずにいたものだ。
「あ、そ、そうだ。間渕さん、あの、社有のスマホ返したいんっすけど、いいっすか」
「ああ、そうそう、そうでした。交野さんのスマートフォンもお返ししなくては」
そこでようやく思い出したように、間渕さんが鞄の中から俺のスマホを取り出して渡してくる。よかった、これで入院中のヒマな時間もなんとかなる。
気がつけばもういい時間だ、日はだいぶ傾いてきている。窓の外を覗き込んだ標さんがこくりと頷きながら笑う。
「それじゃ、退院の日取りが決まったら連絡してね。総務課に連絡しないとならないから」
「入院ノ最中ハ、休職扱イニナッテイル。ソノ分給料ハ減ラサレルガ、気ニセズシッカリ休メ。イイナ?」
「は、はい」
牟礼さんも牟礼さんできっぱりと言いながら、俺にその真っ赤な瞳を向けてくる。その威圧感ある瞳に頷くと、三人は病室から出るべく入り口の方に足を向けた。
病室を出る間際に、間渕さんがこちらを振り返る。
「じゃあ、私達はそろそろ失礼します。お大事になさってください」
「はい、あざっす……」
返事を返せば、間渕さんは病室から出て行って。そのままぱたんと、405号室の扉が閉められる。
再びベッドに横たわり、スマホをサイドテーブルの上に置きながら、俺は息を吐いた。
「……ふう」
病室に静寂が戻る。視線は自然と隣、空のベッドに向いた。
鷹嘴さんがいるはずのベッド。まだ鷹嘴さんの名前が掲げられているが、ここ数日誰も横たえていないベッド。
鷹嘴さんは言っていた。次に心臓を取り出すことがあれば、延命措置はしないつもりでいると。
「鷹嘴さん……もしかして……」
もしかして、そうなのだろうか。そんな思いに駆られながら、俺は不安を紛らわせるようにテレビの電源を再び入れた。
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