第14話 秘匿事項
結局、レイラさんの今まで使っていた白狼の
別種の
だから今回作る護符は、徹底して変身後の戦闘能力を下げることになった。
ギガントキャットは、イエネコをライオンくらいまで巨大化させた、魔獣種の魔物だ。
でかくなっただけのイエネコだと侮るなかれ、爪も牙も鋭い上に敏捷性も高い。ネコなので身体も柔らかく、百メートルの高さから落下してもしなやかに着地して傷一つ負わない。ライオンやトラでは出来ない香箱座りも出来る。
性質は気まぐれで遊び好き、この辺りも俺達がよく知るネコそのまんま。だもんだから人馴れしたギガントキャットが一般家庭に、というケースはなくも無い。レイラさんの家でも何匹か保護しているそうだから、変身先としてちょうどいいのだろう。
「よかったわ、うまく話がまとまって。正直、リューゾーに『符術士の仕事は引退しろ、魔物保護の受け入れも当面はストップしろ』と言われるくらいのことは、覚悟していたから」
「そんなに言われることを予想してたのに、なんで来なかったんっすか?」
俺はレイラさん、牟礼さんと地下一階のリフレッシュルームでコーヒーを飲みながら、社長が護符を作るまでの時間を雑談して潰していた。
と言っても、レイラさんは明日にはシロクラボの仕事、明後日にはエヌムクラウの仕事が入っているし、それと並行してモデルの仕事もあるから、ゆっくり話が出来るのは今日だけ。
社長の護符が今日中に出来上がるわけも無いので、別にこうして雑談することなく他の仕事にかかっていても良かったのだけれど、折角話す時間があるのだから、とレイラさんの方から誘われたのだ。
牟礼さんがとびきり濃く淹れたブラックコーヒーを飲みながら、苦々しい表情で口を開く。
「去年のこの時期にチューンナップに来られた時は、危ういところではあったもののまだ正常な範囲内だった。それがこの三ヶ月ほどの間で、堰を切ったように魔物そのものに変わり始めたんだ。
テレビの映像や雑誌の写真だと光の加減で判別が難しいんだが、実際に目の前にすると分かりやすい。去年のミス・ルウェリンは人間の時の髪色が、もっと灰色みがあったアッシュブロンドだったんだよ」
「じゃあ、社長が『努力して隠していたようだが』っていうのも……」
牟礼さんの言葉に、俺がレイラさんの
「そう。髪の色が変わってから何度も染めようとしたわ、元の色に。でも、どうしても染まってくれない。
あんまりやっても髪が痛むだけ、仕事に差しさわりが出るから、とヘアサロンのスタッフに止められて、泣く泣く諦めたの。
瞳も元々はもう少し明るい色だったの。カラーコンタクトを入れることも考えたけれど、髪色ほどはっきり違いがあったわけじゃないからね」
こっちはすんなり諦めがついたわ、と言ってカフェオレを入れた紙コップを口に運ぶレイラさん。ため息をつきながら苦笑するその表情は、やはりどこか悲しいものを感じさせる。
今までの十五年で異常が起こっていなかったのに、この三ヶ月で急にそれが崩壊した。気持ちの整理が付かない部分も、あるのだろう。
そう思いながらレイラさんを見ていた俺は、思わず目を剥いた。
レイラさんの後ろ。髪色と同じ青みがかったアッシュブロンドのふさふさしたものが、座っている椅子の後ろで浮いている。
目を見開いたまま何も言えないでいる俺を訝しんだ牟礼さんが俺の視線を追うと、そちらもどうやら気付いたらしい。一瞬だけ目を見開いて、すぐさまに眉をひそめた。
「ミス・ルウェリン、尻尾が」
「えっ? ……あらやだ、いつの間に。気を緩めるとついつい出ちゃうのよね」
牟礼さんに指摘されて後ろを振り返ったレイラさんが慌てだす。紙コップを置いて尻尾を両手で抑えるが、袋から飛び出したのとは訳が違う。
むしろ意識してしまったのが悪く働いたようで、レイラさんのサラサラのロングヘアーからぴょこんと三角耳が飛び出した。
「ったく……こうなるから、マジもんの魔物化ってのは厄介なんだ」
「ケモ耳ケモ尻尾状態のレイラさん……新鮮っすね……」
飛び出したそれらを何とかひっこめようと奮闘するレイラさんを前に、俺は現実逃避するので精いっぱいだった。隣で眉をひそめっぱなしの牟礼さんがため息をついている。
数分経って、なんとか耳と尻尾を引っ込めることに成功し、その過程で白銀の毛が生えだしたり爪が鋭くなったりしたのも元に戻し、ようやくひと心地着いたレイラさんが深くため息をついた。
「はぁ……自力で変身できるような身体になったとはいえ、まだまだ制御には時間がかかりそうだわ。
タカシ、貴方
「……ミス・ルウェリン、それは」
「え、牟礼さんも
レイラさんの言葉に、牟礼さんがあからさまに難色を示した。同時に語気が少々荒くなる。
そして俺はレイラさんのその発言に驚くしかなかった。
場合によってはヒットアンドアウェイを主体にして中距離から奇襲する戦法を使うこともあるが、攻撃時に相手に接近するというところは変わらない。
しかし、牟礼さんの武器は、立体的に跳び回って四方八方から雨霰と浴びせる銃弾と、遠距離専用の護符。
そもそも今まで、使ったところを見たことがない。使っていれば確実に覚えている。
俺の視線とレイラさんの視線が突き刺さる中。牟礼さんが紙コップの中のコーヒーを一息に呷った。
「……チッ。失礼します」
そして一つ舌打ちをすると、空の紙コップを握りつぶした牟礼さんが、リフレッシュルームの外へと足早に足を向ける。途中、入り口付近にあるゴミ箱に勢いよく紙コップを叩きつけながら。
ああまで不機嫌になった牟礼さんをなだめるのは、並大抵のことではない。それは俺自身、この数ヶ月で一緒に仕事をする中でよく分かっていた。
結果、リフレッシュルームの中に取り残される、俺とレイラさん。
牟礼さんの去っていく方を呆気に取られて見つめていたレイラさんが、深くため息をついた。
「……はぁ、タカシってば全く、相変わらず自分のことが嫌いなのね」
「え、それってどういう……」
呆れたように言葉を吐くレイラさんに、俺は思わず視線を向けた。どうやら彼女は、俺の知らないことを何やら色々と知っていそうな口ぶりだ。長いこと一緒に仕事をしていれば、無理もないところだとは思うが。
俺の目をしばし見つめたレイラさんが、紙コップのカフェオレをぐっと呷ると。
俺の胸元にすっと、その白く細い指を向けた。
「ゲンキ、貴方グレード4キャリアでしょう。タカシには、随分嫌われているのではない?」
「えっ? ええ、まぁ……最近は話しかけても普通に応対してくれるようにはなったっすけど」
きょとんとしながらも俺は正直に答える。
実際、この一ヶ月でだいぶ態度が軟化したほうだと、俺は思っているのだ。内定を貰って、工房に顔を出すようになってから一ヶ月は口も聞いてもらえなかったし、次の一ヶ月は応対の前に強い舌打ちが必ず入った。最近は舌打ち無しで応対してくれるので、まだいい。
俺の話を聞いたレイラさんは、苦笑しながらゆるりと首を振った。
「そうよね……世界全体を見てもごく僅かしかいない、魔素症の一切を撥ね退けるグレード4だもの。タカシが嫌うのも無理はないわ。
彼はキャリアというものを
「えっ!?」
発せられた言葉に、俺は驚くしかなかった。
牟礼さんがキャリアであることも、牟礼さんがキャリアを憎んでいることも、どちらも初耳だ。そして同時に一つの疑念が生じる。
魔素に、魔素症に抵抗力を持つキャリアを、羨むことこそあれど、何故憎むのか。俺には皆目見当が付かない。
その疑念が、きっと俺の視線にありありと浮かんでいたのだろう。俺が何を問うよりも早く、レイラさんが真剣な表情になった。
「十中八九、タカシがゲンキに説明することはないでしょうから、教えてあげる。
タカシはね……魔素症に、
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