第6話 鉄機襲来

 翌日。東京符術士専門学校の友人たちに内定の報告をしたら。


「「えーーーーっ!? 交野がアルテスタに採用された!?」」


 まぁ、予想通り。大いに驚かれた。

 何しろ友人たちには過去に何度も愚痴ったから、俺がさんざん面接で落とされまくったことを知っている。就活がこの時期まで長引いたことも勿論知っている。

 その折に、あの大勇者・四十万竜三の工房に内定し、内定直後に模擬戦をしてもらい、暇な時間には工房に来いとのお達しまで貰っているという。

 青天の霹靂とはこのことであろう。


「まー、やーっと就活終わってホッとしてる、ってのが一番大きいけどさ。アルテスタからこっちに求人が出てくると思わねーじゃん」

「十月になっていきなり戦士コースにも求人が回ってきたもんな……製符士コースには三月で求人出てるのに」


 同じく戦士コース所属の同期で、五月には既にシロクラボからの内定を勝ち取っていた超勝ち組の橋場はしばが、呆気に取られた表情をそのままに言葉を零している。

 気持ちは分かる、とても分かる。

 専門学校の中でもアルテスタの護符は人気が高い。社長は勿論だが、試験課の課長も有名な符術士であることから、新しいながらも工房の知名度も低くはない。

 その上で規模が小さいから、試験課の求人がなかなか出ない。開発課は普通に出るが、こちらも採用人数が一人とか二人とかだから、倍率が恐ろしく高い。

 昨日に吾妻先生に話を聞いたところ、今年度に入って一気に二人抜けたのが響いたらしい。それで数年ぶりに試験課の求人を出したのだ、とのこと。

 そりゃあ、そもそも志願するタイミングがないんだから、志願者が少ないのも当然の話だ。もしかしたら社長の言う志願者は、中途採用や有期雇用の話も含んでいたのかもしれない。

 と、そこで俺と同じくなかなか内定を貰えない日々を過ごし、先月にやっと符術士派遣会社のアリエスから内定が出た同期のやなぎが俺の肩を叩いた。


「で、どーすんだ、ようやく全員が内定取ったんだろ、奢るぞ交野」

「あー、サンキュ。その日程決まったら連絡してくれ。俺、今日の授業終わったら工房に行かなきゃ」


 柳に笑みを返しながら、俺は小さく頭を下げた。

 事実、今日は授業後のバイトもないため、アルテスタの工房に行く旨を既に伝えてある。試験課の仕事について最初のレクチャーをしてもらうことになっているのだ。


「おっけ、後でグループラインに都合のいい日を挙げといてくれ」

「おーう」


 ひらりと手を振ると同時に、鳴り始める授業開始のチャイム。授業の終わりが、今から待ち遠しくて仕方がなかった。




 今日の全ての授業が終わった俺は、友人たちへの挨拶もそこそこに校舎を飛び出した。

 昼間でもそこそこに人の多い池袋の街の中を、人と人の間を滑るように駆けていく。

 わくわくとそわそわが入り混じったような感覚で、駅前のロータリーまでやって来た俺が、足を止めたのはその時だった。

 信号の向こう側、南側に向かって伸びる道路の方から、通行人が逃げるように西武池袋線の駅舎の中へと次々駆け込んでいく。

 それだけではない、その道路に進入しようとしている車が寸前で止められ、やむなく引き返している。それも一台や二台ではない。

 ぞわりと、嫌な予感が俺の脳内を駆け巡った。


 懐をまさぐる。愛用しているアルテスタ製の「光剣ライトブレード」とシロクラボ製の「風刃ウインドカッター」の護符があった。鞄にも何枚か護符を入れていたはずだが、今は確認する暇が惜しい。

 肩に担いでいた剣袋を触る。こちらも愛用品の拾参工業じゅうさんこうぎょう製のステンレスブロードソードが確かに中に入っていた。

 よし、これならよほどデカイ敵で・・・・・・・・ない限りは・・・・・戦える。

 そう確信しながら道路に沿って伸びる歩道に立ち入った瞬間、俺は自らの不覚を恥じた。


「ゲッ……ゴーレム!?」


 ゴーレム。

 無機物でその身体を構成する、肉を持たない巨大な自動人形だ。

 岩石や鉱物、あるいは精錬された金属で構成された肉体は非常に硬く、重たい。足を一歩踏み出すだけで道路のアスファルトがひび割れている事実からも、その重量が窺い知れる。

 加えて厄介なことに、この手の魔物には斬撃が効かないのだ。肉が無いからそもそも斬れない。腱が無いから関節を斬っても動きを止められない。

 さらに加えて言うなれば、今目の前の道路で符術士数名の猛攻を受けているのは、色合いからしてアイアンゴーレムだ。金属系のゴーレムは通常のゴーレムよりも危険度が高い。脅威度Bといったところか。

 鞄の中に爆発系や打撃系の護符があればまだ太刀打ちも出来るだろうが、果たしてあっただろうか。

 しかし、幸か不幸か俺にはそもそも戦闘に参加する資格すらなかったようで。道路を封鎖する警察官の一人が、俺に向かって鋭く言い放った。


「そこの君、この先は危険です! すぐに駅舎の中に避難して!!」

「あ……お、俺、符術士です! C級ですけどライセンスも持ってます!」


 無駄なこととは分かっていても、学生証と一緒に持っていた符術士のライセンスカードを取り出して警察官に見せる俺だ。

 符術士の資格は国家資格で、S級、A級、B級、C級の四段階に分かれている。と言ってもS級は国内でも特に優れた符術士に国から与えられる資格のため、一般で受験が出来るのはA級までだ。

 俺は高二の時にC級ライセンスを取ったので、符術士としての活動が認められてそこそこ時間は経っている。実力だってそれなりに備えている、はずだ。専門学校の実技の授業でも成績優秀なのを認められているし。

 しかし、ライセンスカードを一目見た警察官は、きっぱりと首を振った。


「だめです!! C級だとしても学生ライセンスじゃないか、企業ライセンス保持の符術士が対応に当たっているから、変な気を起こさないで早く駅に!」


 やはりだめか。俺はがっくりと肩を落とした。

 C級には学生ライセンスと企業ライセンスの二種類があり、学生ライセンスだと保険の掛金や更新料が安くなるのだが、その分対応を許可される仕事に制限がかかるのだ。

 試験問題に差があるわけではないので、C級の学生ライセンスを保持した状態で就職すれば企業ライセンスへの切り替えが無償で出来る。

 それに符術士関連企業でのバイトの際にも学生ライセンス保持者には、バイト先が企業名義のライセンスカードを発行してくれるので、企業ライセンス保持者として対応が効くのだ。(無論、保険の掛け金は学生と言えど、企業ライセンスの額で給料から天引きである)

 こんなことならバイト先を某ファストフード店じゃなくて、符術士の仕事があるところにしておけばよかった、と今更後悔しても遅すぎる。


「(どうせなら昨日のうちに、来年三月末までバイトという形で雇用してくれたりしないっすか、とか聞いときゃよかったなー……)」


 落胆しながら俺を阻止する警察官の腕に縋り付くように前を向いていると。


「あれ?」


 こちらに背を向けて巨大な戦鎚を振るう符術士の背中に、大きく印字された紋様に、俺は目を奪われた。

 見覚えのある色合いをしたハイネックの、肩や肘にアーマーの付いたジャケットの背中、大きく輝く金色の竜の頭部。同色のスラックス。

 間違いない、昨日に間渕さんが着ていた制服だ。その制服を着ている符術士が、二人。

 つまりあそこで戦っているのは。


「あれ……アルテスタの試験課!?」

「あぁ、アルテスタとエヌムクラウの符術士が対応している。君が心配することはない」


 頑なにその場から動こうとしない俺を、駅の中に押し込めるのは諦めたらしい警察官が、呆れ顔になりながらそう告げた。

 エヌムクラウコーポレーション。豊島区に日本支社を置く、世界でも大きなシェアを誇る巨大な工房だ。護符だけでなく、武器や防護ジャケットも作っている大企業である。

 見ればアイアンゴーレムに対応しているのは、ほとんどがエヌムクラウの社員だ。燕尾服のように長いジャケットの裾に刻印された青い雷の意匠、間違いない。

 そんな中で、ただ二人。アルテスタの社員が武骨に淡々と、武器を振るい、護符を振るっていた。

 事実、あれだけいるエヌムクラウの社員が攻撃を仕掛ける時より、アルテスタの二人が攻撃を仕掛けた時の方が、アイアンゴーレムの足が止まっているように見える。

 あんな大企業と肩を並べても一歩も引かずに、いや、それどころか自分が前に出る勢いで、立ち回っているのか。俺が雇われる工房は。

 気づけば俺の口元は微かに端が持ち上がっていた。目の前で繰り広げられる激しい戦闘に、完全に心を奪われている。

 この現場に、俺は来年の春から飛び込むのか。

 そう考えると、心が昂って仕方がない。

 程なくした後に。


重見天日ちょうけんてんじつ劫火災災こうかさいさい!!」


 空中を跳び回るように立体的に動いていたアルテスタの社員が、指に挟んだ護符をアイアンゴーレムの頭めがけて投擲した。

 まっすぐ飛ぶ護符の端が、燃え上がった瞬間である。


「君っ、伏せて!」


 俺の隣にいた警察官が叫んだ。その声に、咄嗟に屈んで耳を塞いだ次の瞬間。

 凄まじい爆音と衝撃が俺の耳を打った。

 何事かと視線を向けると、アイアンゴーレムの頭部に大きな抉れた跡が見える。

 そこが弱点だったか、それとも核となる術式を損傷したか、アイアンゴーレムの身体がゆっくりと、指先が触れた周囲のビルに引っ掻き跡を残しながら後方に倒れていく。

 ずずーん、と大きな振動が周囲一帯に響いた時。

 アルテスタの試験課の二名と、エヌムクラウの社員五名ほどが、倒れ伏したアイアンゴーレムの前で、互いの健闘を称え合っていたのである。

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