第一章

第13話



比較的温暖な気候で、他国よりは裕福な国『ゼリア』。

この国は『善王』と『冷酷宰相』の二人と、彼らの側近に支えられて成り立っている。

『善王』と『宰相』の結びつきは強く、第二王子トルスタインと宰相の娘リリアーシュは幼いながらも婚約者として決められた。

王子と貴族の娘との結婚は貴族同士の『力の均衡バランス』を崩すことになる。

ただし、それは『貴族の娘が第一王子次期国王に嫁ぐ』場合だ。

トルスタイン王子は『王位継承権を返上』して、『一貴族』になることまで決まっている。

宰相が陛下の『ご学友』という関係と、陛下の戴冠式前後に起きた『魔の七日間』を終結させた功績もあり、国民は歓迎しているのだった。




「トルスタイン王子」


王宮にある父王の執政室に呼ばれたのは、今年六歳になる第二王子だった。

執政室には宰相と共に女の子がいた。

ふわっとした柔らかそうな緑の髪に、晴れた空のような薄い青色の目。


此方こちらが我が第一子『リリアーシュ・ユラ・ノイゼンヴァッハ』と申します」


宰相は自身の足に身体を半分隠した少女を紹介する。

今年五歳になる少女はまだ幼く、今日はじめて邸から出た少女にとって、王宮は大きくて広い『巨人の住む城』だった。

トルスタインは少女の前まで歩み出て、床に膝をついて手を差し伸べる。


「はじめまして。リリアーシュ様。僕はトルスタイン。この国の第二王子です」


「は、はじめまして。トルスタイン王子様。私はリリアーシュ。リリアーシュ・ユラ・ノイゼンヴァッハと、申し、ます」


リリアーシュは父親の後ろに隠れたまま、差し出されたトルスタインの手に自身の右手を重ねる。

震えているのは、ここが『王宮』であり、目の前にいるのが『王様』と『王子様』だからだろう。

トルスタインは笑顔でリリアーシュの手を優しく握り、立ち上がると父王に振り返る。


「父上。リリアーシュを『僕の温室』へお連れしても宜しいでしょうか」


「ああ。構わぬよ」


「リリアーシュはどうだい?一人で行けるかね?」


「一人ではありません。僕が一緒です」


大丈夫だよ。

リリアーシュに向けて柔らかい笑顔で微笑みかける。

その笑顔は王宮に仕える者たちからは『天使』と称されているが、この場にいる『二人の大人』の目には『裏で何かかくしている』事に気付いていた。

しかし今回は『良い意味』で。

トルスタインがリリアーシュに対し『紳士的な態度』で接しているのを見て、二人の父親たちは計画が成功したことを確信しほくそ笑んだ。




「父上。僕はリリアーシュと『結婚』します」


リリアーシュが父親の宰相と共に馬車で帰るのを見送ったトルスタイン。

そのまま父王の私室に向かい、人払いをして誰もいなくなったのを確認すると同時にそう『宣言』した。


「リリアーシュ嬢を気に入ったのか?」


「ええ。彼女は『子供らしい』女の子です。僕の顔色を気にしたり、僕の気に入りそうな返事をするような、そんな『つまらない』女の子たちと違います」


トルスタインが『つまらない』と切り捨てた女の子たちは、他国の王女や皇女。この国の貴族令嬢たちだ。

親たちは、トルスタインに気に入られようと、あの手この手で我が子の話を『る』。令嬢たちは、あの手この手で必死にトルスタインを引き留めようとする。


確かに『子供らしくない』とは思う。

令嬢たちも、それを相手するトルスタインも。


この国のデビュタントは10歳。

成人は16歳だが、学院に籍を置いている18歳までは『未成人』として扱われる。

その間に『大人の厳しさ』を教わるのだ。

ただし、16歳から自らの言動に責任がついて回る。

もちろん、幼い頃から習う『貴族の在り方』に沿った罰を受けることになる。


六歳とはいえトルスタインは第二王子という立場のため、昨年から公の場に立っている。

さすがに社交界は出ていないが。

だからこそ、『女性を見る目』は養われている。それに付き添う大人たちの『欲を含んだ内面』も。

そして、残念な事を言うなら、トルスタインの年齢を甘く見ているのか、犯罪に結びつく『裏事情』を盛り込んだ話をしているらしい。それを国王である私より宰相のアマルスに事細かに報告するらしく、私が状況を把握した頃にはすべてが終わってアマルスからの『事後報告』の書類を手渡されて、処罰許可書に『承認』をする時だ。

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