中 異変

ふらふらと歩く、錆びれた商店街は普段シャッターばかりおりているはずなのに今日はすごく活気があった。何処を見回しても、人、人、人、商店街が出来た当初はこんなふうに人が集まったのだろうけれど、今の状況はその頃と同じではなく、街の真ん中でコンロを出してじゅうじゅうと音を立てて肉を焼いている周りに人だかりが出来ていた。


「俺にも肉をくれ!」

「ははは!!なんたって世界が終わるんだからな!店にあっても困るだけだ、食え、食え!!全部食っちまえ!!」


肉屋が全部無料で配っているみたいだ。


「メロンはどう?うちだけじゃ食べ切れないの。これ、ひと玉2万円するのよ!」


八百屋でも配っていて、その隣ではスイカ割り大会まで開かれて子ども達が棒を振り回している。


「肉もいいが!魚もどうだ!この干物なんて絶品だぜ!」

「刺身、刺身はないのか!?」


魚屋もがやがやしている。予言が外れるなんて微塵も感じていないその様子に恐ろしさを感じた。あるものは全部使ってしまう勢いだ。どうせ世界が終わるのだからと、自分の食べれる限度を越えながら口の中に押し込んでいる大人までいる。不気味だった、食べることに執りつかれた集団の成れの果てのように思えた。怖くなってその場を逃げる。


「ぎゃああああああ!!」


しばらく進むと住宅街には不似合いな悲鳴が聞こえて何事かと視線を向けると、包丁を持ったおじいさんが隣の家の人を追い掛け回していた。


「アンタんちが草刈をしないせいで!うちに虫が増えて増えて大変だったんだ!!テレビの音は煩くて、眠れないし!朝、素振りをしている音も煩い!!オマケにその顔!いっつもにやけているような顔が気持ち悪くて、気持ち悪くて!!ストレスがたまってたんだ!!世界が終わる前にアンンタだけは許せない、殺しても殺し切れん!!」

「止めてくれ!!だったら、言ってくれればいいじゃないか!草刈をしてほしいって!テレビの音量を下げて欲しいって!素振りの時間をずらして欲しいって!!顔だけは無理だが、言ってくれればよかったじゃないか!!」

「煩い、煩い、煩い!!ワシはな!アンタのそのざりざりした声も大嫌いじゃ!!」


ぞっとした、見ていられなくて俺は逃げ出した心臓がばくばくと煩い。世界が終わるならば何をやってもいい。赤字になるほどの振る舞いだとしても、どうせ明日にはみんな綺麗さっぱりいなくなってしまうから。人を殺したっていい、どうせ明日にはみんな綺麗さっぱりいなくなってしまうから。


嫌な汗を感じながらふらふらと歩いていると見知った顔を見つけた。同級生の佐々木と鮎川が手を繋いでふたりして歩いている、けれど鮎川は別のクラスの河合と付き合っている。幼馴染のカップルで夫婦だとからかわれることもあったが、付き合ってるから当然だろ!と 河合が恥ずかしがりながらも怒鳴っているのを目撃したことがある。その彼女鮎川が何故、佐々木と一緒にいるのか。


「佐々木、鮎川…」


挨拶よりもただ彼らの名前を呼んだ。


「あ、その。鮎川は悪くないんだ!俺が、その、彼女のことずっと好きで。でも河合の彼女だからって諦めてたけど、世界が終わるんだろ。だから最後に伝えたかったんだ!」


俺に気づいた佐々木は何も聞いていないのに焦ったように言う。俺は視線を鮎川に向けた。


「鮎川おまえ、河合はどうしたんだよ」


河合は頭は悪いが、明るくて誰とでも仲良くなれるいいやつだ。俺も一緒に遊んだことがある。


「世界が終わるんでしょう?だから、興味があって」


顔を赤く染めて、下を向く。どういうことだ?興味?


「3人で、遊ぼうって」


佐々木が鮎川を庇うように一歩前にでた。


「さんにんって、おい。それって、いいのか、鮎川」


嫌な予感がして鮎川を見る、鮎川は派手なグループの子じゃない。どちらかといえば地味で大人しく、優しい。花の世話を係りでもないのにしている姿を見たことがあるし、駅でおばあさんの荷物を持ってあげているのを見たこともある。それなのに、その鮎川が男ふたりに囲まれて遊んでみたいなどと言い出すなんて信じられなかった。


「佐々木君も、いいよって言ってくれたから」


控えめな声だったけれど、鮎川の意思だということが分かった。佐々木も、河合も、強制していない。


「じゃあな。お前もこんなところでふらふらしていないで、やりたいことやっておけよ。明日にはみんな死んでいるんだ」


そういい残して河合は鮎川と行ってしまった。俺はショックを受けていた、別に鮎川を特別な目で見ていたわけではない。佐々木と仲がよくて、あいつらは将来結婚してもおかしくないななんて思っていて、それなのに、世界が終わるその一言で、あの鮎川が。俺がショックを受ける筋合いじゃないのに、胸が苦しくなった。佐々木はどうなんだろう、佐々木も世界が終わるなら鮎川が別の男の好意を受け取ってもいいと言えるのか。悲しい気持ちになってふらふら歩く。みんな世界が終わるからって好き勝手して、世界が終わらなかったらどうするつもりなのか。でも、誰一人としてそんなふうに考えている人はいないみたいだ。ここまできて俺はいよいよ世界が本当に終わるのではないかと思い始めた。だって、みんながそう言っている。言葉で行動で。空を見上げると夏雲が呑気に青空に漂っていて、蝉も元気に合唱している。平和だ。とても。でも世界の終わりにはこういう日がいいのかもしれない。


「そっか。世界が終わるのか」


言葉にしてみると何故かすとんと納得した。みんなが、世間がそう言っているのだ。ならば世界が終わるのだろう。やり残したことはないか。と聞かれればやり残したことばかりだ。参考書は手づかず、彼女もいたことがない、行ってみたいと漠然と思っていた海外旅行にだって行っていない。何もかもやり残している。そのはずなのに、あれをやらなきゃこれをやらないと、という気持ちは沸いてこない。ただもうすぐ昼なのでカレーが食べたいなとだけ思った。


未だパラペッチョ様と叫びながら町を巡回している人達、商店街で休憩を挟みつつ貪り食っている人達、女装をして歩いている人、庭先でバーベキューをしている家族、大音量で大人たちが大勢集まって酒を浴びるほど飲んで馬鹿騒ぎしている家。様々な人を通り過ぎながら自宅へと戻る。みんながそれぞれ最後の日に選らんだ行動をしている。


「ただいま」


帰宅するとカレーのいい臭いが漂ってきた。食べたいと思っていたものが出てくると嬉しくなる。


「お帰りなさい」


家族のみんなが出迎えてくれた。母親は何処かほっとしたようにも見えた。特別なことなど何もない、俺も結局母親と考えることは同じだった。妹もきっとそう。


「ただいま」


家に帰ってきたらほっとした。世界の終わりなんて仰々しいことが起こっていても大騒ぎしたりなんてしていない、リビングで何かを覗き込んでいる父親、母親、妹へと近づく。


「何を見てるんだ?」


自分も輪の中に加わるとそれが何であるのか直ぐに分かった。アルバムだ。iPadの中に撮りためてあった家族写真。俺はスマホを持っていてもあまり写真を撮らない。撮影者は父と母、あと妹。


「これって旅行行った時の?」


俺が聞くと父さんが頷いた。


「ああ。おまえが小学生で、千晶が幼稚園の時か。お前たちふたりがはぐれて父さんと母さんは大慌てして。散々探し回って見つけたと思ったら、地元の子と一緒になって海で遊んでいてなあ。あれにはびっくりした」


その時の写真が残ってる。海で遊んでいた妹がやっと見つけたとへとへとになっている両親を収めた1枚。この時の妹は水中カメラを首からかけて離さなかったんだっけ。そのせいでこの時の旅行写真は俺がピースしてるのに頭だけ写ってなかったりとちょっとしたホラーになっている。他の写真もやたらと見切れてる。唯一ばっちり撮れているのは彼女自身の自撮りだったりする。


「てか。この旅行俺が行ったのかどうなのか分からない写真ばっかじゃん。せいぜい顔半分しか写ってない」

「小さかったんだからしょうがないでしょ。あ!これ、このぬいぐるみ!気づいた時からうちにあったと思ってたけど、おばあちゃんからのプレゼントだったんだ」


今は亡きばあちゃんが2歳くらいの妹に大きなクマのぬいぐるみを渡している写真があった。妹はきょとんとした顔でばあちゃんを見上げていて婆ちゃんが満面の笑みでクマのぬいぐるみを渡している。


「ふふ。この時おじいちゃんが渡したいと言っていたのにじゃんけんで負けちゃって。自分も選んだのに。て不貞腐れたのよ」


後ろに見切れるようにして爺ちゃんも写っていた。母さんはそういうが妹を前にした爺ちゃんの顔はでろでろだ。このぬいぐるみは今も妹の部屋にある。


「ぷはっ。お兄ちゃんこのかっこなに」


スライドさせて出てきた写真は、戦隊ヒーローの格好をした小さな俺と父さんが小さな俺を高くに上げているものだった。


「ああ覚えてる覚えてる。つかこれの見るべきとこはそこじゃない。俺がヒーロー役で父さんが怪獣役なのに何度も起き上がって倒そうとしてくるんだ」

「大人気な!」

「今やっても負ける気しないがな」


妹の言葉に何故か誇らしげに胸を張る父さん、今なら多分俺が気を遣って負ける。その後も何枚も家族の写真が溢れてくる。うちでは1年に1度は家族旅行に行くという暗黙の了解みたいなのかあって、俺も妹も反抗期真っ只中でありながら旅行には一緒について行った時の写真まであって笑ってしまう。妹の顔なんて不貞腐れてるし、俺なんてカメラを睨みつけている。そんなに嫌だったなら行かなければよかったのに、旅行には一緒に行くアンバランスさ。父さんと母さんが付き合ってる時の写真まで出てきて、父さんはフォルダを閉じて早々に飛ばしてしまって、母さんは楽しそうに笑っていた。結局食べたかったカレーにありつけたのはおやつの時間になった頃だった。

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