世界は今日で終わるらしい
むぎ
上 パラペッチョ様
騒がしい音で目を覚ました。見慣れた白い天井から、年季が入ってくすんだ黄色になってしまったヒヨコの形をした時計に視線を移すと朝の7:00。夏休みの朝早くから騒ぐなよと顔を顰めながらもう一度寝ようと目を閉じたが、閉じたせいで余計に音が耳に入ってきた。
「パラぺッチョ様!」
「パラぺッチョ様!」
「パラぺッチョ様!」
聞き覚えのない異様な言葉が窓の外から聞こえてきて、あまりの煩さに布団から起き上がった。窓を開けて煩いと怒鳴る勇気はないが何事かと窓の外を見てその異常さに硬直した。大人も子どもも手を繋いで円になっている。膝を折り頭を下げては上げてはを繰り返し、天の身元へだの、日々に貴方へ感謝しますだの、口を揃えて言っている。見覚えのある近所の人たちだ。血の気が引いて、部屋から飛び出し階段をどたどた下る。
「父さん!母さん!」
リビングダイニングへと来ると、何時もの通りの朝がそこにあった。湯気の立つつやつやの白米と、お味噌汁のいい香り。食卓にそれらを並べる母と、老眼鏡を掛けて新聞を読む父、スマホでゲームしている妹が食べるときにはスマホいじるのやめなさいなんて母にたしなめられている。家の中は普段と変わらないとほっと息を吐く、けれど安穏ともしていられない。
「外のあれはなんだ?」
「世界が滅ぶんだって」
やったね!とスマホから音が響いたと同時に妹がなんてことないように言う。ちっとも、やったね!じゃない
「…は?世界?滅ぶ??」
現実味のない言葉。
「テレビ見た方が早いんじゃない?」
左手でジャムが大量に塗りたくられた食パンを齧りながら妹がスマホから視線をリモコン向けた。テーブルに置かれていたリモコンでテレビをつける。
「パラぺッチョ様が、世界の終わりを予知なさいました。今日の00:00に世界が終わるのだと。予知能力専門家山内さんに話を聞いてみましょう」
深刻な表情でお姉さんが隣に座る専門家とやらに話を振る。その前に突っ込みどころが満載だ。予知だの世界の終わりだの専門家?夏特有の心霊現象スペシャルのような番組なのかと思いリモコン操作をして番組を変える。
「世界の終わりじゃあ、終わりじゃあ」
小刻みに震えるお婆さんが両手を擦り合わせる映像が映し出され、さらに番組を変える。
「こちら○×空港です!大変混乱しております!世界が終わる前に行きたい場所へ行こうと人が傾れ込んでいます。しかし肝心の航空会社がストライキを起こし飛行機が飛ばないトラブルが起こっています。同様に他の交通機関でも同じことが起こっているようです」
空港に人々が押し寄せ怒声を張り上げているのを背景に、アナウンサーが後ろの声に負けじと大声を張り上げている。異様な光景に寒気を感じながらも番組をザッピングする。
「当テレビ局は予言を受け休止させていただきます」
「心を穏やかにしましょう、息を吸って、吐いて、世界の終わりなど怖くなくなってきたでしょう?」
「 パラペッチョ様! パラペッチョ様! パラペッチョ様! パラペッチョ様! パラペッチョ様!」
代えても代えても同じようなことしかやっていない、怖くなって俺はテレビの電源を落とした。
「なんだあれ」
気味が悪い。近所のことといい、テレビといい、なにかが起こっているのに全く理解が出来ない。
「見てのままよ?世界が滅びるんですって」
「何を穏やかに言っているんだよ!?そんなことあるわけないだろ!ノストラダムスなんて今時はやらないし、パラペーニョだかってのも初めて聞いた!」
「パラペッチョだよ。お兄ちゃんニュース見ないんもんね。パラペッチョって言ったら、バブル崩壊からリーマンショック、天皇の退位、明日の天気予報だって予言するんだよ」
「いやいや!天気予報は衛星で雲の流れを見ているだけだからな!」
妹の言葉に頭を振るう、家族が普通だなんてのは見掛け倒しだった。現に妹は今まで聞いたことのないような人物を当然のように肯定している。やんわりと世界が滅ぶなんて言っている母だって、そういうものだと受け入れている。
「父さん」
せめて父だけは無事であってくれと未だ新聞を読み続けている父に縋るような視線を向けた。
「そうだな。みんなでトランプでもするか、お前たちが子供の頃よく遊んだだろ」
新聞を畳んで何を言い出すかと思えばトランプ!?
「いやいや!何でトランプ!?世界が終わるっていうならもっとすごいことしようよ。…ってそうじゃなくて!父さんまでどうしたのさ」
占いなど誰にでも当てはまりそうな事ばかりを言っているだけだと馬鹿にしている父が、あとうことか世界が終わるだなんて正気の沙汰とは思えないことを自然に受け入れていることが異常だ。今日は平日。夏休みの俺らなら兎も角、父は仕事のはずなのに!
「すごいことねぇ。お母さんは家族みんなで普通の日を送れればそれでいいわ」
和やかに言いながらお味噌汁を飲む母さん。過ごし方は普通に見えた。けれどちっとも普通じゃない、異常だ。近所を闊歩している彼らと同じように信じている、途端に自分が異空間に来てしまったような錯覚になり怖くなって家から飛び出した。家から出ると蝉の爆音が響いて暑さに拍車がかかる。アスファルトの地面は朝だというのに熱を持ってしまって暑い、だがそれだけだ。異常気象もなにもない。夏に雪が降るもなし、豪雨に見舞われることもなし、かんかんとさんさんと日は照りつけて、今が紛れも無い夏だということだけを伝えている。時折混ざる近所の声だけがことの異常さを伝えている。
「あら。広澤さんちの。あなたもお祈りに参加するの?」
声をかけてきたのはご近所のおばさん。
「お祈りって…もしかして近所を回っているあれですか」
手を繋いで円になっている先程の光景を思い出して夏なのに寒気がした。
「そうよ。人生の最後にああしてお世話になったパラぺッチョ様に感謝の言葉を捧げて回っているの」
「感謝?世界が終わらないようにじゃなく?」
彼らのしていることに違和感を覚えた。ここは普通世界が終わらないように祈るのではないか?
「あら。世界が終わらないように祈るなんて無駄なことよ。だってパラぺッチョ様が世界が終わると言ったら終わるのよ」
午前はお祈りに歩いているから気になったらおいでと、おばさんはやんわりと言って歩いて行ってしまった。あのおばさんも同じだ、世界の終わりを当然のことのように受け入れている。
「なんなんだよ…パラぺッチョって」
検索しようとスマホを開く、カレンダーを開いたまま閉じたらしく、画面を開いた途端にカレンダーが出た。
「え…」
もともとスマホに入っていたアプリ、それを見た途端固まった。昨日も一昨日も普通なのに。今日が「世界の終わり」と祝日を示す赤い数字に文字になっていて、次の日が真っ白になっていた。来週も再来週も、来月なんて項目すら消えている。
「なんだこれ」
怖くなってパラぺッチョを検索する、出てきた画像は多分男性だった。だってあまりにも変だ。頭から真っ白なマスクを被って、目だけが出ている、両手には包帯が巻かれていた。間違えて犬神家と検索してしまったかと思ったが、検索エンジンにはちゃんと自分が打ち込んだパラぺッチョと書かれている。ざっと目を通すが彼本人について書かれたものは存在しなかった。出身地だとか、年齢だとか、ただ、信者の言葉がネットに埋め尽くされているだけ。
「なんだこれ」
怖くなってスマホを画面を消した、やっぱりひとり異世界に来てしまったのかもしれない。
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